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ホーム > 『澤木興道』全集 第十三巻

『澤木興道』全集 第十三巻

信心銘拈提講話(下)・傘松道詠講話

目次

傘松道詠講話

『傘松道詠』について
長月の紅葉のうへに雪ふりぬ
あら磯の波もえよせぬ高岩に
いひ捨しその言の葉の外なれは
波も引風もつなかぬ棄をふね
いつもたた我ふる里の花なれは
春は花夏ほとときす秋は月
おし鳥やかもめともまた見えわかぬ
水鳥のゆくもかへるも跡たえて
尋ね入る深山の奥のさとそもと
世中にまことの人やなかるらん
春風にほころひにけり桃の花
聞ままにまた心なき身にしあらは
声つから耳にきこゆる時しれは
世中はまとより出る牛の尾の
本末もみな偽のつくも髪
過来つる四十あまりは大空の
誰とても日影の駒は嫌はぬを
人しれすめてし心は世中の
守るとも思はすなから小山田の
頂に鵲の巣やつくるらん
濁りなき心の水にすむ月は
此心天つ空にも花そなふ
冬草も見えぬ雪野のしらさきは
あらたふと七の仏の古言を
嬉しくも釈迦の御法にあふひ草
夜もすから終日になす法の道
渓の響嶺に鳴猿たえたえに
此経の心を得れは世中の
峯の色渓の響もみななから
四つの馬三つの車にのらぬ人
ととまらぬ日影の駒の行すゑに
さなへとる夏のはしめの祈には
草の庵に立ても居ても祈ること
おろかなる心ひとつの行すゑを
草の庵にねてもさめてもまをすこと
山深み峯にも尾にもこゑたてて
我庵は越のしらやま冬ごもり
都には紅葉しぬらんおく山は
夏冬のさかひもわかぬ越のやま
梓弓春のあらしに咲ぬらむ
あし引の山鳥の尾の長きよの
頼みこし昔あるしやゆふたすき
梓弓はるくれはつるけふの日を
いたつらに過す月日はおほけれと
草の庵夏のはしめのころもかへ
心とて人に見すへき色そなき
いかなるか仏といひて人とはは
心なき草木も秋は凋むなり
をやみなく雪はふりけり谷の戸に
六の道遠近まよふともからは
賎の男の垣根に春の立ちしより
大空に心の月をなかむるも
春風にわかことの葉のちりけるを
愚なる我は仏にならすとも
山のはのほのめくよひの月影に
花紅葉冬の白雪見しことも
草の葉に首途せる身の木の目山
朝日まつ草葉の露のほとなきに
世中は何にたとへん水鳥の
また見んとおもひし時の秋たにも

信心銘拮提講話(下)

究竟窮極 軌則を存せず
契心平等なれば 所作倶に息む
狐疑浄尽すれば 正信調直なり
一切留まらざれば 記憶すべきなし
虚明自照 心力を労せず
非思量の処 識情測り難し
真如法界は 自なく他なし
急に相応せんと要せば 唯不二と言う
不二なれば皆同じ 包容せずということなし
十方の智者 皆此の宗に入る
宗は促延にあらず 一念万年
在と不在と無く 十方目前
極小は大に同じく 境界を忘絶す
極大は小に同じ 辺表を見ず
有は即ち是れ無 無は即ち是れ有
若し是くの如くならずんば 必ず守ることを須いざれ
一即一切 一切即一
但能く是くの如くならば 何ぞ不畢を慮らん
信心不二 不二信心
言語道断 去来今にあらず
拈提跋

解説 酒井得元

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