《本書より》

※アイツが立派でコイツは駄目、そんなことが言えるか。みな個々壁立万仞(ここへきりゅうばんじん)、めいめいそれがそれで、これがこれである。

※我々のたった今の生活態度がインチキならば、今まで飯を食べさした人も、今まで教えてくれた人もみな、インチキをさせるためにしてくれたことになる。

※仏とは自分自身のことである。自分自身が仏になるより他に仏というものはない。

※自分も自分で積み上げたものも棺桶の中から考えてみると、あら、オレのものじゃなかったと分かる。生きておる間ちょっとオモチャに貸してもろうておるだけの話じゃ。

※道元禅師に功利的なことは微塵もない。なるだけ貧乏せい、うまいことするなとおおせられる。

※どんないいことがあっても、こんなこともあるものじゃと思っておったらいいのじゃ。どんな悪いことがあっても、こんなこともあるものじゃと思っておったらいいのじゃ。別に大したことはない。

※仏教というものは、この一生を最善にどうして生かそうかということである。生き甲斐のある生き方をさせようというのである。いつ死ぬか分からぬこの身体で、永遠に死なない仕事がどうしたできようかという処が大切である。

※いかなる処でもいかなる時でも、その時をしっかりつかみ、その処をしっかり踏みしめ、そうして自分が自分に成りきる。それがつまり仏さんである。
《著者紹介》

櫛谷 宗則(くしや・しゅうそく)
 昭和25年、新潟県五泉市の生まれ。子供の頃、講演に来られた澤木老師にまみえたが覚えていない。19歳のとき、内山興正老師について出家得度。以来、安泰寺道場に10年間安居。老師の隠居地(宇治市)に近い宇治田原町の空家に入り、耕雲庵と称して縁ある人と共に坐っている。
編著に『禅に聞け―澤木興道老師の言葉』『禅からのアドバイス―内山興正老師の言葉』(以上、大法輪閣刊)『榎本栄一述 コトリと息がきれたら嬉しいな』(探究社刊)『共に育つ』(耕雲庵)ほか