| 《目次》 |
| 坐禅用心記・三根坐禅説(原文) 坐禅用心記 第一講 はじめに─「参ずる」とは、実際に学ぶこと/ 表題『坐禅用心記』─禅と坐禅/瞑想について/「用心」のこと 第二講 坐禅の目的、意義/「心地の開明」/ 「本来の面目」と「本地の風光」/坐禅を行なう人の正体 第三講 道元禅師と「身心脱落」/這箇は是れ阿誰ぞ/「頂きを露さず」/まごころで生きる 第四講 「没量の大人」/「何れの処にか塵埃有らん」/「清水本と表裏無し」/「歴劫名無し」/「且らく心と為し、身と為す、是れ仏なり」 第五講 竜樹尊者は満月のすがた/自己の光明/ 「唯心と唯身と」 第六講 人間の現実のすがた/四大と五蘊/四支と五根/ 三十六物/十二因縁/現実とは 第七講 からだとこころはひとつ─現実は真実 第八講 一大事の因縁/自受用三昧は三昧王三昧 第九講 心の月明らかに/家にかえってゆっくり坐る/ 坐禅はおのれを明らめる 第十講 思うこともなく、することもない/心を調える準備 第十一講 身を調える─衣服のこころえ/食べもののこころえ/ 坐禅を行なう場所のこころえ 第十二講 呼吸の問題/呼吸をととのえる法/こころと呼吸がととのわな いのは/さまざまな場合の心のおきかた/乱心と発病の原因 第十三講 坐禅を行なうとき注意しなければならぬこと/坐禅に適しているところ/無常を観ることを忘れてはならない/道場を清潔に 第十四講 坐禅の功徳をすべてのいのちにめぐらせよ/ 只管打坐する/目をあらい、足をあらえ 第十五講 求められていないのに仏法を説くな/坐禅と教、行、証(1)第十六講 坐禅と教、行、証(2)/教について/行について/証について 第十七講 坐禅と戒・定・慧/参禅は坐禅である/坐禅を行なうにあたって、こころをもちいる必要はない/時間を惜しんでつとめよ 第十八講 管打坐と諸行との関係/正身端坐せよ/ 非思量が坐禅の要法 第十九講 坐禅から起つときには/坐禅中に眠くなったとき(a)/ 如浄、道元、瑩山の経行の教え/さまざまな経行の法 第二十講 坐禅中に眠くなったとき(b)/坐禅中に眠くなったとき(c)/ 梵網経菩薩戒序/坐禅中に眠くなったとき(d) 第二十一講 こころが散乱するとき─息を数える/ なお散乱するとき─公案にとりくむ 第二十二講 公案の参究/なお、こころが散乱するときは/ 坐禅のあとの日常生活/石霜慶諸禅師の七去 三根坐禅説 第二十三講 『坐禅用心記』と『三根坐禅説』の成立について/ 三根という語について/上根の坐禅 第二十四講 中根の坐禅/下根の坐禅/坐禅の一門 あとがき |
| 《執筆者紹介》 |
| 東 隆眞(あずま・りゅうしん) 昭和10年, 京都府で生まれる。 大本山總持寺専門僧堂掛錫。 駒澤大学仏教学部禅学科卒業。 同大学大学院人文科学研究科仏教学専攻修了。 文学博士。 椙樹林大乘寺山主。 大乘寺専門僧堂堂長 師家。 主な著作(瑩山禅師関係の単行著作のみ掲げる) 『校注 乾坤院本伝光録』(隣人社) 『瑩山禅師の研究』(春秋社) 『瑩山禅師清規』(大法界閣) 『道元禅師と瑩山禅師』(真福寺仏教図書館) 『洞谷記に学ぶ』(曹洞宗宗務庁) 『現代語訳伝光録』(大蔵出版) 『十種疑滞参究』(大本山總持寺祖院) 『太祖 瑩山禅師』(国書刊行会) 『信心銘拈提を読む』(春秋社) |