| 《目次》 |
| 序・分陀利華という人たち 妙なことの好きな人 仏教が竜宮に隠れる 一 因幡の源左 ◇「ようこそ、ようこそ」 源左の口癖 その通りその通り それもよし、これもよし 上向きから下向きへ しあわせハンスの話 ◇「偽になりゃもうええだ」 『歎異抄』とニセモノ 偽善と露悪の二つ 妙好人は皆ニセモノ 暁烏さんの更生 十字架上の言葉 ◇「一番悪いで、仕合せ」 人間の根本的盲点 下下国の涼しさ 『放浪記』の念仏 乗り遅れた汽車 ◇「地獄行きで、ちょうどよい」 万事ちょうどよい 清沢満之の、ちょうどよい 社会問題と、ちょうどよい 極楽トンボで生きる 依頼心と力み心 二 石見、有福の善太郎 ◇「善太が出ました」 女房になぐりかかって 自力回向、他力回向 自分が照らされる場 新しい家庭教化の形 無明煩悩の地性 迷いのまま超える 照らされ見えるだけ ◇「おはずかしや、おありがたや」 二人の往復書簡 二つの根本感情 宗祖の三哉 如来は何もしない 仏教は無功徳 不断煩悩はずかしや ◇ 善太郎餅の由来 盗まれた袷の着物 白隠と豆腐屋の娘 医事裁判に負ける 陰口の濡れ衣着て わが家のマンガ論争 ◇「前の世の借銭」 善太さんと道宗さん 縁起と宿業 大風桶屋の法則 唐草模様の意味 中近世と近現代人 子規の「病牀六尺」 三 三河、田原のお園 ◇「落ちればこそ」 見込まれ藩医の後妻に 地獄行きの自覚 南無抜きの念仏 幽霊か首無しか 取引を断られて 商人の風上に置けぬ 地獄を引き受ける ◇「お差支えなし、ご注文なし」 誰もが流用できる 習い性にまで熟す 榎本さんの念仏詩から 立つ一点、凡夫の自覚 「そのまま」と「このまま」 ◇「三毒五欲で大繁盛」 一宗の繁盛とは何か 運賃表と時刻表の仏法 人に渡せぬこの煩悩 薄情な舅の私 ◇「この世好きの後生嫌い」 『歎異抄』師弟の対話 全人間の原点・愚禿悲歎 聞法好きは異常人間 N極のみ指す羅針盤 一切が無駄骨折りの一生 自力無効のみが他力 弓矢を見忘れた名人 四 讃岐の庄松 ◇「兄貴、覚悟はよいか」 『ありのままの記』から 凡夫も聖者もみな一列 代官さまにも直諫 庄松もお園も「なんともない」 達磨と武帝の問答 我の仕事、如来のお仕事 信心はわれらの責任 持ち出された不動産書類 高校生の息子の遅刻 無益法門即無尽蔵益 ◇「そんなこと聞いて何にする」 御恩御恩の日暮らし 娘の死を仏縁にして 善人が人を責め裁く 悪人になればよく眠る わが胸の内なるクソ袋 落ちるということ 安田理深『内観と念仏』から ◇「間男見つけた」 神棚と仏壇 マッチポンプの愚 真と偽の宗教 千人針もいらぬ 靖国も迷信 五 浅原の才市 ◇「あさましや、ありがたや」 善太郎・磯七の手紙も 自分を見る目三つ 二本の角ある肖像画 愚かさ知る安らぎ ◇「虚空もわしもみな仏」 虚空と一つの私 達磨さんのさとり 般若心経の空 みんなとられて 仇討ちを超えて 夫婦げんかした後 ◇「たすけられたり、たすけたり」 法でたすかる 欧米の念仏者 『真宗の眼目』から 弥陀の大見得 蓮如さん以来 あとがき |
| 【著者略歴】 |
| 亀井 鑛 (かめい ひろし) 昭和4年、名古屋市に生まれる。旧制愛知県商業学校卒業。昭和32年、現(株)千代田を創業、現在会長取締役。昭和30年代後半から、名古屋市光院同朋会で聞法、名古屋東別院刊『名古屋御坊』編集を経て、東本願寺刊『同朋新聞』編集委員、NHK教育テレビ「こころの時代」の司会にも随時参画。 著書―『親鸞と生きる』『親鸞と歩む』『親鸞と戦争を痛む』『父と娘の清沢満之』『祖父と孫の正信偈』(大法輪閣)、『暮らしに生きる念仏』『暮らしに生きる歎異抄』(有斐閣)、『聞法100話』『信は生活の力だ』(法蔵館)、『われら念仏に生きる』正・続『今なぜ親鸞か』(樹心社)、『そんな生き方じゃダメなのが分かる本』(興山舎)他 |