| テロ・戦争に想うこと―日本の役割を考える― |
| 曹洞宗福泉寺住職 無着 成恭(むちゃく・せいきょう) |
| (2002年『大法輪』1月号より抜粋) |
| 一、和をもって貴しとなす わたしは敗戦後の昭和二十三年から六年間、山形県の山村で中学校の教師をしていました。そのとき情熱をこめて教えたことの一つが、「新しい憲法のはなし」でした。 ……(中略)……仏教の根本にある考え方は、聖徳太子の十七条憲法・第一条「和をもって貴しとなす」につきるでしょう。それがこの日本国憲法・第九条に結実したと言っていいと思います――ということも話しました。 だから、そのことを納得させるために、仏教では「絶対者としての天地創造の神」というものを措定(そてい)しない、とか、この宇宙には始まりも終わりもなく、ただそれ自身の摂理・法(ダンマ)に従って永遠の生滅を繰り返すものだと認識することだ、とか、だから正義とか大義というのは人間の側にはなくて、大自然の摂理にあると考えているとか、戦争に正しい戦争とか、聖戦とかはなくて、すべて人間の欲と愚かさが戦争をさせるのだ、とか、そうなるのにはなるだけのわけがあって、わけのないことは一つもないんだ、とか――そういうことを、子供たちに折りにふれて話してきました。 ホトケさまは戦争をしないのです。戦争はすべて神さまをふりかざしてするのです。それで明治以後の日本は、天皇陛下を絶対神と決めて、それを国民に押しつけないと軍国主義教育が成り立たなかったのだ、と教えました。 本当は、ホトケさまはもちろんのこと、神さまだって、信じる人々の平和と幸福と安心を願っているのです。神さまのために戦うなんてウソなんです。権力者が神さまの名を騙(かた)って戦争させているんです。 ――以上のようなことを、三十三年間の教師生活の中で、いつも話していたからかも知れません。九月十一日以後、私のところへ来る教え子からの手紙には、皆、必ず「ブッシュの戦争」にふれていない人がいないのです。 二、「テロは本当に悪いのでしょうか」 教え子からの手紙のなかに、「先生にちょっと訊きたいのですが、テロは本当に悪いのでしょうか?」というのがありました。 この教え子は、私がいつか、大石内蔵助をリーダーとする四十七士の「忠臣蔵」を英語に翻訳すると、「"四十七人のテロリスト"となる」と話したことを覚えていて、このような質問をしたのだと思います。 この質問に対する私の答えは、「結論だけ言えば、悪い」です。しかし、四十七士の場合は、喧嘩両成敗という原則に則さなかった政治に対する憤りを一点に絞って、それ以上他人を傷つけまいと配慮した上で決行され、完了したあとは潔く縛(ばく)についたし、裁きに応じたため、悪感情を持たれていないのだと思います。けれども、九月十一日のテロは、一般の乗客を乗せたまま、ビルに突っ込み、ビルの中にいた何千人という市民を道づれにして自爆したのだから、これは「最悪の悪」と言っていいでしょうね。 しかし、仏教では「そうなるのにはなるだけのわけがある」と教えていますから、なぜそういうテロ活動が起きたのかということを、アメリカは頭を冷やして考えるべきだと思います。それなのに逆上して「報復」を叫んだり、報復戦争を始めてしまった今は、テロリストとともに、それと対決してテロ以上の暴力をふるうアメリカもまた「最悪の悪」ということになってしまうでしょうね。 国家対国家の戦争の場合は、たとえば原爆は使わないとか、その他いろいろなルールがありますが、テロ集団の場合はルールを無視します。だって、テロをおこす方は必ず弱者ですから。テロの場合、攻撃される方は強者で、攻撃する方は、強者からとことんいためつけられ奪いつくされ、もはや失うものは生命以外なにもなくなったという弱者ですからね。そして、もう生命さえ惜しくないというところまで追いつめられている人たちですから、何をするかわかりません。だから、今度の場合はアメリカが深く冷静に考えて対処しなげれば、人類は滅亡の坂をころがるでしょう。 ――そんなことを、教え子の質問への答えとして、書いてやったのでした。 三、正義はどこにあるのか 事件の直後、アメリカのブッシュ大統領は「これは全人類に対する戦争であり、文明社会に対する挑戦である」とか、「テロの側につくか、アメリカの側につくか、中立はない」と言って、また日本の小泉首相もそれに同調して「アメリカの役に立つことならなんでもします」というようなことを言っていますが、本当にそれでいいんでしょうか? 犯人は非人類なの?――と書いてよこした教え子もいました。 私は、それには、アメリカが犯人だと言っているオサマ・ビンラディンもタリバンも、もちろんアフガニスタン人も、人類なのであり、アメリカ人と同じ人間なんだという認識から出発しないと判断にまちがいが起きると思います。だから、日本は仏教の立場で、中立的に正しい判断をくだす必要があると思います。 たとえば道元禅師は「仏道をならうというは自己をならうなり。自己をならうというは自己を忘るるなり。自己を忘るるというは万法(まんぼう)に証せらるるなり」と言っており、また親鸞聖人は「自然法爾(じねんほうに)」と言っています。どちらも「自分が正しい」などと言うことはない。正義も真理も万法、自然法爾のなかにあるのであって、人間の側にはないのだということです。そのことを小泉首相はブッシュ大統領に言わないといけないのです。 「ブッシュさん。あなたが正義をふりかざせば、人類を減亡させることになりますよ」くらいのことを言わなければ日本は独立国とは言えないと思います――と、返事を書いてやったのでした。 四、日本の役割 手紙を二つ紹介させていただきます。まずは一通。 「同時多発テロには本当に胸が凍るような想いをいたしました。世界はここまで不信感と憎しみに満ちているのかと思うと絶望的です。しかし、被害者の一人の父親が、『これ以上報復しないでほしい。亡くなった子供のためにもこれ以上犠牲者をつくらないでほしい』と発言したというニュースを聞き、被害を受けたその方が恨みへと向かわず、大切なことは何かを皆の中で問い始めていることに人間への希望を感じました。宗教と宗教が争うことくらいおかしなことはないと思います。人間の作った正義の名のもとに戦争することくらい愚かなことはないと思います」 もう一通は、 「十月二十一日の朝日新聞によると、二十日APEC出席のため上海に行った小泉首相はブッシュ大統領との会談で『自衛隊に役割を与えることにつき国民の理解を得つつある』と述べて米軍への後方支援の姿勢を示したが、ブッシュ大統領はこれに謝意を述べつつも『アフガニスタンの復興の努力にはぜひ日本に参加してほしい。日本はカンボジア和平での成功の経験を持つので……』と言った。小泉首相はそれに対しては何も言わず、最後に『自衛隊は物資や輸送などの面で米軍に協力していきたい』と言っただけなのには失望した」 というものでした。 そこで小泉さん。日本を代表してブッシュさんに言ってください。「アフガニスタンは、玄装三蔵が通過していた頃は、おだやかなよい国だったのです。それが内戦に明け暮れるようになったのは、冷戦時代、アメリカとソビエトがそれぞれ自分に都合のいいように利用したからですよ。国連難民高等弁務官カブール事務所の山本芳幸氏が書いた『戦争しか知らない子どもたち』(幻冬舎)を読むように」――と。 |
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