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1.愚かな者を道づれとするな、独りで行くほうがよい。孤独(ひとり)で歩め
――(『ダンマパダ』) |
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「朱に交われば赤くなる」といった類の教えである。仲間の中におれば遊戯と歓楽とがある。しかし自分が余程しっかりしていないと、歓楽にうずもれ、自分自身を失わせてしまいがちである。釈迦は当時の人間をも次のように見ていた。
「今のひとびとは自分の利益のために友と交りを結び、また他の人のために何かをする。今日、利益をめざさない友は得がたい。自分の利益のみを知る人間は愚かである」と。
三毒(むさぼり・いかり・おろかさ)にかり立てられながら、それが自分の生きる道であると平然としている者は愚かな者である。自分が愛しいにもかかわらず、自分を悪の道に導いてゆくような者が愚か者である。「みんなですれば恐くない」の意識を持ってしまえば、もう立派な愚か者の一人となってしまう。そのような場合は独りでする方がよい。
また言う、「旅に出て、もしも自分よりもすぐれた者か、または自分に等しい者に出会わなかったら、むしろきっぱりと独りで行け」とも。
本当に自分の人生の幸福を求めようとする者は、時として毅然とした態度を取ることが必要である。それを経は「犀(さい)の角のようにただ独り歩め」とも教える。求道の者は他の人々からの悪の道への勧誘や悪口や中傷にわずらわされることなく、ただ独りで、自らの信じた道にしたがって生きてゆくようにすることがよい、犀の角が一つしかないように、といった意味である。
このことから、昔は修行者達はみんな林や山の中で独りで修行していたようである。われわれのように人の世界に生きる者にとっては、精神的にこのような意識を保っておかないといけないということだろう。
なにしろ、悪の誘惑に満ち満ちた今の世であるからなおさらである。《仏教大学教授・田中典彦》 |
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