生前の選択
佐賀・専称寺住職  川副 春海(かわぞえ・しゅんかい)
『現代教化』(21の会発行)編集長
(2004年『大法輪』10月号より抜粋)

 
   
  死をデザインする
 新聞の家庭面に、お墓参りの代行業の記事が掲載されていました。掃除や読経の代行サービスです。お寺のネットワークも参加しています。こんなサービスの背景には、高齢化の進展と、子どもと同居する老人の割合の低下があります。伝統的な家族や地域の崩壊で、気軽に墓参を頼める縁者も少なくなりました。
 お葬式も、社会の激変で変化が始まっています。たびたび指摘される少子高齢社会の到来だけでなく、家族そのものがシングル化しています。家族(世帯)の人数は二人が主流になり、一人暮らしが二割を超えました。未婚率、離婚率の増加も止まりません。高齢者のうち三割が、子どもと孤立して生活しています。地域も変わりました。伝統的に村の共同性を最も意識する農家が激減し、今や総世帯数の一%という有様です。
 お葬式は元来、「家」と「村」で営まれてきました。末期の看取りから、中陰と呼ばれる四十九日間の儀礼まで、地縁、血縁の絆で事が運ばれてきました。そんな葬儀が不可能になりつつあります。葬祭サービスが発達して、斎場葬が急増し五割を超えました。華美なお葬式を避けて、ごく近い縁者だけで行う「家族葬」も増えています。
 しかし、死は自らのものですが、これまでは葬は遺された者たちの儀式でした。死者の遺志を棚上げにして、遺族の意向で式が執行されることもたびたびでした。そこに自分の死をデザインし、第三者に任せるという発想が芽生えました。戦後世代の高齢者が出現し、自らの最期を「自己決定」しようという意識です。「子供に迷惑をかけたくない」という思いも手伝っています。遺言による財産の変更に始まって、尊厳ある死の選択、伝統的な形にとらわれないお葬式やお墓の決定など、人生を振り返りつつ、死の行く末を見定めるという人生最後の選択です。
 江戸時代以来の檀家制度の崩壊過程に入り、信仰から葬祭までこころの安心を託す寺院や僧侶を、消費者が選ぶ時代をひかえ、仏教でも模索が始まりました。(本誌130頁「お葬式見本市」記事参照)

死の準備教育
 高齢化に伴って、引退後、二十年近い時を過ごす時代に入りました。各地の市民講座で、死について学ぶデス・エデュケーション(「死の準備教育」と訳されることが多いようです)の教室が開設されることが増えてきました。
 高度成長期の国民大移動で、生まれた場所で老年期を迎える人々は少数派です。必然的にお墓もお寺も遠く、老年期になりお寺で法話を聞くことが難しくなりました。またなによりも死について語るというタブーも減っています。
 講座では後述する生前契約のあり方、尊厳死の迎え方、献体や脳死に陥った際の臓器移植の方法、末期ガンと宣告された場合のホスピスの利用、人生の振り返りや遺言ノートの書き方など学びます。
 死について研究する「死学」(『死の瞬間』キューブラー・ロス著など参照)の発達で知られるようになった終末期の心理的なプロセス、日本仏教の伝統的な他界観などを教材に含めることもあります。老年対象だけでなく、少年による殺人事件などの増加で、死を学ぶことによって生命の大切さを知る小中学校での死の教育も始まっています。
 元上智大学教授のA・デーケンさんは、人生の締めくくりのために六つの課題を提案しています。@手放すこころ(執着を断つこと)、A許しと和解、B感謝の表明、Cさよならを告げる、D遺言状の作成、E葬儀方法を考え、周囲に伝える(『生と死の教育』、同著より)。死が不幸ではなく、「希望」であるために、宗教教育を含む死のレッスンの必要性がますます高くなっています。

生前契約
生前に様々な選択をしたところで、最期の行く末を託すべき子どもや家族、縁者がいないケースが増えました。少子化だけでなく、離婚率の増加などが要因で、この国の家族のかたちがシングル化しています。また痴呆や事故などで判断力が喪失したときどうするかという課題も存在します。
 そのため、家族に代わって第三者の機関に自分の死後のデザインを預託する制度ができました。平成十二年に成立した「任意後見契約に関する法律」がそれです。
 終末期の介護、看護などから財産の管理、お葬式のかたちやお墓の決定、その執行・管理、さらには先祖供養、自らの年忌供養などこれまで家族が担ってきたことのほぼすべてが、この制度に則った公正証書の作成で原理的には可能になりました。
 財産管理などはこれまでも信託銀行などに託することができました。しかし、生前契約の内容をトータルに受託しようというNPO法人などが、この制度の施行以来、弁護士、税理士、遺言を作成する公証人、社会保険労務士、医師、研究者、宗教者らが参加して、全国各地で誕生しています。
【メモ】 代表的な生前契約の団体は「NPO日本生前契約等決済機構」(TEL03・5215・2383)など。

リビング・ウィルと尊厳死
 「スパゲッティー症候群」という言葉をご存じでしょうか。点滴、酸素、排尿など様々なパイプにつながれて最期を迎える様を自嘲気味にはぐらかした表現です。生を回復するための医療機器は必要ですが、もはや生還不能な場合はどうでしょう。末期になった際に、事前にどのような治療を受けたいか表明するのが、リビング・ウィル(尊厳死の宣言)です。いわば「生前契約」の医療版といっていいでしょう。
 延命主義一辺倒だった日本医師会は平成四年に尊厳死を容認しました。設立二十八年目の日本尊厳死協会には、すでに十万人を超える人々が、尊厳ある死を迎えるための登録をしています。宣言書には「私の病気が現在の医学では不治の状態であり、すでに死期が迫っていると診断された場合には、いたずらに死期を延ばすための延命措置は一切お断りします」とあります。
 また、平成九年に臓器移植法案が成立しました。それまでも死後、角膜や腎臓などの提供は可能でしたが、同法の施行以降には脳死状態からの心臓などの臓器提供が可能になりました。脳死による臓器提供の場合は、基本的には本人や家族の同意が必要で、携帯できるように臓器提供意思表示カードも用意されています。
 臓器移植について、法案審議時に、哲学者梅原猛さんらが医学的な脳死を人の死として社会が容認するか、疑問を呈したことは記憶にとどめておくべきでしょう。また、従来通り大学での人体解剖実習に遺体を提供することもできます。
【メモ】 問い合わせ先は次の通り。尊厳死宣言「(社)日本尊厳死協会」(TEL03・3818・6563)、脳死による臓器提供「(社)日本臓器移植ネットワーク」(TEL03・3502・2071)、角膜提供「(財)日本眼球銀行協会」(TEL03・3293・6616)、献体「(財)日本篤志献体協会」(TEL03・3345・8498)。

遺言ノート
 法的強制力を持つ公正証書としての遺言は、その形式に厳格な規定があります。自筆で書き、日付を記し署名して押印するのが基本です。また公証人役場に出頭して作成する公正証書遺言や、内容を生前は秘密にしておく秘密証書遺言も存在します。
 近年流行の兆しを見せているのが、気楽に書き込める「遺言ノート」です。出版社が発売するものから、生前契約の活動をするNPO法人やお寺を中心に出版しているものもあります。法的な拘束力は持たないものの、遺族に対して精神的な強制力や、遺族間のもめ事の仲裁にも役立ちそうです。遺言、生前契約の柔らかな存在といえるでしょう。
 自分史ともいうべき人生の振り返りを記して、子どもたちや跡をつぐ縁ある人に、自らの生のしるしを遺すことに始まって、これまで述べてきた生前契約に準じた財産分与の問題、終末医療の選択や葬儀、墓地の希望など逐次書くスペースが用意されています。「尊厳死の宣言書」や「臓器移植の意志確認書」なども添付されています。これらを参考に、自分でオリジナルなものを作成することも可能です。
【メモ】 公証人制度の問い合わせ先は「日本公証人連合会」(TEL03・3502・8050)。代表的な「遺言ノート」は、『新・遺言ノート』(井上治代著)など。