道元禅師の心
前鶴見大学学長 髙﨑 直道(たかさき じきどう)
(2006年『大法輪』 10月号より抜粋)

 
   
   一
 道元禅師(どうげんぜんじ)は曹洞宗(そうとうしゅう)の開祖である。また、道元禅師は『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』など多くの著書を遺(のこ)した。
 この二つをつなげるところに、わたくしは表記の題名の意味を探ってみたいと思う。
 その理由は、本誌今回の特集が、曹洞宗の紹介にあり、その冒頭の総論として、この課題が設定してあるので、われわれ曹洞宗の法孫(ほうそん)が、禅師は如何(いか)なる意図をもって『正法眼蔵』等に示されることばを遺されたか、それを旨としてわれわれが、如何に実践すべきかを探ることが本論の目的であると考えるからである。換言すれば、道元禅師はその教えを通じて弟子たち(そして間接的には後代の法孫)に何を伝え、何を期待されたか、それをここでの「心」の意味と考えるものである。
 なお、資料としては主に『修証義(しゅしょうぎ)』に依ることとした。それは『修証義』が、道元禅師の御言葉(その多くは『正法眼蔵』)から選んで編集したもので、曹洞宗が読誦(どくじゅ)用の聖典として使用しているものだからである。
 二
 道元禅師は出家して比叡山に上られるが、そこで修行中「衆生の本性(ほんしょう)は元々、法に叶った清浄(しょうじょう)なもの(衆生本法性=しゅじょうほんぽっしょう、天然自性身=てんねんじしょうしん)〔だから修行の必要はない〕」ということばを耳にされて、では三世の諸仏は何のために修行されたのか、と疑念を抱き、その解答を求めて、三井寺の公胤(こういん)を訪ね、さらにその奨めで、栄西(えいさい)の弟子明全(みょうぜん)に就(つ)き、そのお供をして中国に渡られた。そして、天童山の如浄(にょじょう)禅師のもとで、やっと疑念を解決し、その印可(いんか)証明(さとりを得た証明)を得て帰国され、やがて日本での布教活動を開始された。
道元禅師真筆「正法眼蔵・嗣書」

 禅師はその時以来、その活動の目的を「正伝(しょうでん)の仏法を伝える」と表明しておられる。たとえば、禅師の開教宣言ともいうべき『弁道話(べんどうわ)』では右の体験を「一生参学の大事」をおえて「本郷(ほんきょう)」にかえり「弘法救生(ぐほうくしょう)」をおもいとしたと述べておられる。
 では「法」とは何か、「正伝」とはどういうことか。先ず「正伝」とは拈華微笑(ねんげみしょう)の話に象徴される釈尊から摩訶迦葉(まかかしょう)への以心伝心による「法」の継承にはじまり、第二十八祖菩提達摩(ぼだいだるま)による中国への伝来(祖師西来=そしせいらい)、そして六祖慧能(ろくそえのう)の下、南岳(なんがく)、青原(せいげん)両派、さらに五家(ごけ)に分かれて中国中に広まったことをさす。いま自分は、如浄からこの「正伝の法」を受けたとの自覚と喜びがそこに見える。
 ではその「法」とは何か。『弁道話』によると、諸仏がさとり(阿耨菩提=あのくぼだい)の実現をとおして単伝した「妙法」、「単伝正直の仏法」「一仏心印」などと呼ばれている。また、それは「人々(にんにん)の分上(ぶんじょう)にゆたかにそなわっているけれども、修行しなくては顕(あら)われず、証すなわち実現しなくては何も得ることはない」ともいわれている。
 では、この法をどうやって実現させるか。その方法として、「端坐参禅(たんざさんぜん)を正門とせり」。決して読経(どきょう)などによって得られるものではない。ただし道元禅師はただ参禅だけでよいとはされない。それは『修証義』の内容からも知られるであろう。以下、『修証義』の順を逐(お)って、禅師の「法」の内容を考察しよう。
 三
 「生(しょう)を明らめ、死を明らむるは、仏家一大事(ぶっけいちだいじ)の因縁なり」(『修証義』第一節、以下句読点など適宜追加)
 「仏家一大事の因縁」とは仏教、つまり釈尊の教えが問題とし、解決を求めている大事な課題ということである。われわれは生まれたものは必ず死ぬと知りながら、いざ自分のこととなると、生に執着し、死を避けたいと思い苦しむ。その苦から逃れる(解脱する)ことが仏教の目的であり、禅師はこれを「身心脱落(しんじんだつらく)」とも呼んでいる。ではそのために、ひとはどうすべきか。その具体的方法を示すに先立って、解脱して到達される理想の状態──仏教はこれを「涅槃」と呼ぶ──が、現実にわれわれの経験している生死(しょうじ)の世界、──これは今世にとどまらず、過去から未来にわたり、輪廻という形で継続する──の他にあるわけではないとの認識をもつ必要が示されている(生死即ち涅槃)。
 さらに必要とされる認識として、われわれをはじめとして、すべての存在するものは無常であること、その現われは因果の道理に基づき、さらに、因果は業(ごう)とその果報という形で現われる、という釈尊の教えの基本が説かれる。
 (仏教の教理としては、このほか「無我」が挙げられるが、『修証義』では、直接には示されていない。これは法の実践主体としての自己の役割を尊重している故かと思われる)。
 ではその「生死を明らかに知る」ためには何を修行すべきか。『修証義』では以下、これを懺悔滅罪(さんげめつざい)・受戒入位(じゅかいにゅうい)・発願利生(ほつがんりしょう)・行持報恩(ぎょうじほうおん)の四章にわたって説いている。この順を逐って修行することによって、ひとは正伝の仏法の継承者としての資格を得るのであり、そうなることを期待して、禅師は法を説かれたのである。以下、その禅師の主張される基本点を、『修証義』の文言から取り上げて検討する。
 四
 仏教の基本を教わったとき、ひとは先ず、従来の悪業を仏前に告白し(懺悔)、許しを乞わなければならない。その上で進んで仏・法・僧の三宝(さんぽう)を信じ、尊敬することを表明し(帰依三宝=きえさんぽう)、ついで、仏の説く、日常の行為に関する規制を受け(受戒)、仏教徒の一員、さらには僧団の一員となる。これは善業の第一歩である。その果報は何か。仏教の常識から言えば、そのあと多年、多劫(たこう)の修行を経て、「積功累徳(しゃっくるいとく)」し、ついに釈尊と同じ無上正等覚(むじょうしょうとくがく)(阿耨多羅三藐三菩提=あのくたらさんみゃくさんぼだい)を得ること、となろう。
 ところで、ここに常識を越えた、次のことばが示される。
 「衆生、仏戒を受くれば諸仏の位(くらい)に入る。位大覚(だいがく)に同(おなじ)うし已(おわ)る。真(まこと)にこれ諸仏の子(みこ)なり」
というもので、しかも、これは世尊のことば(『梵網経(ぼんもうきょう)』)とされている。その意味するところは難解であるが、わたくし流に解説してみると、「受戒によって諸仏の御子となり、諸仏の世界、諸仏一家の一員に加えていただけた。以後、毎日、仏の御子にふさわしく、仏行をならい、つとめなければならない」ということになろう。このことを、やや前の文では、受戒すれば、三世の諸仏と同様、「阿耨多羅三藐三菩提金剛不壊(こんごうふえ)の仏果を証するなり」とまで述べている。伝統的な解釈では、この「受戒」は入門的な受戒でなく、「禅戒一如」と説かれる場合のような、嗣法(しほう)の資格に当ると説明している。これは『修証義』の次につづく文章と関連してくる。
 「諸仏の常に此中(このなか)に住持(じゅうじ)たる、各各(かくかく)の方面に知覚を遺(のこ)さず、群生(ぐんじょう)の長(とこしな)えに此中に使用する、各各の知覚に方面露(あらわ)れず」
という難解な文章。これは元来『弁道話』冒頭の一段に置かれている一文で、「此中」とは、そこでは「人々の分上にゆたかにそなわっている妙法」を指している。
 従って、わたくしは、受戒によって、ひとは自らのうちに備わる、仏と同じ妙法を自覚させられるのだと解釈したい。そして、その時、ひとは発菩提心(ほつぼだいしん)する。阿耨多羅三藐三菩提の実現に向けて意志をかためる。
 こうして、受戒は直ちに発菩提心をひきおこすのだが、それは具体的に「己(おの)れ未(いま)だ度らざる先に、一切衆生を度さんと発願し、営む」こと(自未得度=じみとくど、先度他=せんどた)と説明される。これは菩薩(発菩提心した者)の基本的な心構えとしての利他行(りたぎょう)である。受戒によって仏のあり方を本分とすることを自覚した身にとって、行持は自ずから利他行となる。その利他行は、仏説に従って、布施(ふせ)・愛語(あいご)・利行(りぎょう)・同事(どうじ)の四項にまとめて説かれているが、難解なところはない。
 五 
 最後にもう一つ難関がある。
 このように戒を受け、戒を守り、仏子の自覚を持って、利他行につとめること、このすべての「行持」を、この世(南閻浮提=なんえんぶだい)に人間として生まれているいま、直ちに実践すべきである。何より先ず、この法を聞けたのは、諸仏・諸祖が正伝して来られたお陰と感謝しなさい。そして、報恩のためにも、毎日の行持につとめなさい。一日一刻たりとも無駄にしてはなりません。その上で、この行持に励むわが身心を愛し、敬いなさい、と。何故か。
 「我等が行持によりて諸仏の行持見成(げんじょう)し、諸仏の大道通達(だいどうつうだつ)するなり」  「見成」は「現成」と同じで、実現すること。われわれの日々の行持に諸仏の行持が現われるとは、われわれが行持を通じて、諸仏の正伝の法をうけついでいくということ。従って、われわれの行持は未来の「諸仏の種子」ということになる。
 これは何を意味するのか。日々の行持は「修」であると同時に「証」である、つまり、「修証一如(しゅしょういちにょ)」、さらに言えば「証上(しょうじょう)の修(しゅ)」ということを教えている。道元禅師はこれによって、若年の疑問に対する解答を得、それをわれわれに示されたものと、わたくしは考える。
 右の「証上の修」のむすびで、「諸仏」とは「釈迦牟尼仏」であり、それはまた「即心是仏(そくしんぜぶつ)」であると説かれる。仏教は釈尊のさとりにはじまるが、教理的には過去・現在・未来にわたって、無数の、釈尊と同じ仏の存在を認める。われわれもまた、ひとりひとりが、その可能性を認められ、期待されている。その、日々の行持につとめるわれわれを「心」で代表させたのが「即心是仏」の句である。しかし、何よりそれは道元禅師御自身の「心」を表わしているというべきであろう。
 (最後に一言。『修証義』が坐禅にふれることがないことを問題とする向きもあるが、わたくしは「日々の行持」に一切が含まれているものと理解する。禅師にとっては坐禅も作務(さむ)も洗面もすべてが行持の中に含まれていたはずである)。