| しきたりの大事さ |
| 南無の会会長・龍源寺前住職 松原 泰道(まつばら たいどう) |
| (2007年『大法輪』11月号より抜粋) |
| □ しきたりとは□ 盂蘭盆会(うらぼんえ) 空席のない 夕(ゆう)ご飯 この俳句は、先年ある航空会社主催の小・中・高生の俳句会の入選作である。お盆の初日の七月十三日の夕、お精霊(しょうれい)のお迎え火をたいたあとの夕食の風景を吟じたほほえましい作品である。お迎え火は、祖先の霊を迎えるしきたりで、家の門前や玄関先に麻幹(おがら)を燃やして、ご先祖さまが路に迷わないように目標とする、そぼくなしきたりである。 しきたりは漢字で、「為来り」とも「仕来り」とも書き表わす。意味は読んで字の通り、〈これまでしてきたこと・前からのならわし〉のことで、慣例や先例になっている行事である。迎え火は、一説には奈良朝時代からのしきたりとされるが、現代でも心ある家庭では実行されていて、前記の少年の俳句に見られるように、家庭の温いなごやかな集いを築いている。 この句から読みとれるのは、家族のうち誰かが亡くなって食卓の一角がいつも空いていて淋しい。しかし今夕は違う。お迎え火を焚いてお迎えしたのだから、目には見えないが間違いなく坐っていらっしゃる、と。航空会社の応募作品であるだけに、「空席のない」の五字がほほえましい。 □ しきたりと茶の湯の作法□ しきたりには歴史があるだけでなく、現在も生きているが、進んで現代人の教養となることが望ましい。今年の正月三日の朝、年賀に行くために街でタクシーを拾って乗った。席に腰をおろしてふとフロントガラスを見ると、無事故を表彰する優マークが貼ってあるので、ホッとして目を移すと、小さな鏡餅がハンドルの横に供えてある。奇異に思って運転手君に訊ねると、まだ若い運転手君が答えてくれるのに、そのタクシー会社では、正月の三日間は各車とも皆同様に運転席に鏡餅を供えて、新年を祝すると共に、無事故を祈願するのが会社のしきたりだという。 タクシー会社であるから、もちろん古い伝統ではない新しいしきたりだが、永続して欲しいと運転手君に願ったことである。敬虔(けいけん)な心でハンドルを握ってくれるなら、乱暴な運転も出来なかろう。このタクシー会社をはじめ、しきたりが長年続くと、慣習から礼儀や作法となり、人間関係や社会生活に良い結果を与えてくれることは明らかだ。 たとえば、茶の湯の作法は古い伝統を持ち、完全に簡素化されて無駄はないとされるが、傍(はた)から見ると明らかに無駄と思われる作法がある。それは茶釜から杓(しゃく)でお湯を汲んで茶碗に移すとき、必ず余分の湯を茶釜にもどす作法である。茶碗の大きさでお湯の必要量は目分量で明らかにわかるのだから、その分だけを汲めば茶釜にもどす必要はなくなる道理である。 それを敢(あえ)て昔からのしきたりとする所に、このお作法は〈貴重な無駄なお手前〉となる。これを理解するには、その背景にある教えを学ばなければならない。 飲料としての茶の起源はインドにある。そして当初は薬品として用いられた。その名残りが日本で「茶を服す」という薬用語に残っている。 また、インドや中国では修行を妨げる睡眠(眠気=ねむけ)ざましに利用された。わが国へは、臨済禅を伝えた栄西(えいさい)により茶も伝来された。茶の湯は室町時代後期の千利休(せんのりきゅう)により大成されたが、その作法の底辺には、曹洞宗の開祖、道元の禅の思想が脈動している。 福井の永平寺を開いた道元は、門前を流れる谷川の水を柄杓(ひしゃく)で汲んで使った後、杓の底に残った水を地に捨てずに、元の谷川に戻し下流の多くの人びとの便に供したという。現に門柱に、「杓底(しゃくてい)一残水(ざんすい) 汲流千億人(ながれをくむせんおくのひと)」と刻まれている。(小倉玄照著『永平寺の聯と額』誠信書房刊) 道元が行った杓底一残水を元の谷川に戻すしきたりが利休により、杓底の湯を茶釜に返すお手前にしたと考えられる。このように、しきたりが作法になる背景となり、一滴水をも粗末にしない陰徳を積むことを重んじる禅の心が、寂(さ)びの質素を旨とする茶道に反映したと思われる。 茶の湯の指導者が、お手前の形を弟子達に厳しく教えるが、その底にある意味や思想に及ばないのを、私は淋しく思うのである。古人の生き方に対する深い願いが、黙々と実践されたのがしきたりになって、今日に及んでいることを忘れてはならない。 □足利紫山(あしかがしざん)老師の食(じき)作法□ 茶の湯のしきたりに時間を取り過ぎたが、食事作法についても同じことが言える。「なぜ、そうした固苦しい作法をするのか?」と現代人の食事態度への反省と指導を生むものでなければならない。禅門の食事作法は厳しいといわれるが、やはりその作法が示す基礎的な意義を明らかにしなければならない。 かなり以前であるが、静岡県奥山の臨済宗大本山方広寺(ほうこうじ)で授戒会(じゅかいえ)が行われたとき、私は授戒布教師を命じられて、五日間奥山に滞在した。この間、管長の足利紫山老師(昭和三十四年遷化(せんげ)、101歳)や他の高僧方と食事を一緒にさせていただいたが、紫山老師の食事作法は特異だった。 禅門の食作法の一つに生飯(さば)をとるしきたりがある。生飯は、一言でいえば自分に与えられた食物の少量を生死の別なく一切の生物に等しく施すしきたりで、米飯なら自分の椀に盛られた中から数粒を、おや指とくすり指でつまんで偈文を唱えつつ自分の食膳に供えるしきたりである。 ある日の昼食がぼた餅だった。紫山老師はぼた餅が好物なので、その日も信者から届いたぼた餅で、私はその大きさに当惑したが、紫山老師はにこにこしておられる。生飯をとる時になって、ぼた餅であるから、老師は指ではなく箸でぼた餅を小さく切って「万国(ばんこく)の英霊に」と唱えて、食器のお平の蓋を裏返してその中央に供えられる。 次に(どうして老師の耳に入ったのか、私達にも初耳なのだが)老師は独り言(ごと)のように、「昨夜、裏山で若い男女が心中したそうな、親不幸じゃのう。あの世で正しく、仲よく暮らすのだぞ。別れるのでないぞ」とつぶやいて、「さあ、お前さん達に」とぼた餅を箸の先でちぎって、平椀に供えられる。ちょうどそのとき、部屋の近くで雀(すずめ)がさえずると、老師は「おう、おう、お前さん達にもな」と、ぼた餅の生飯を雀達に与える。 この様を拝見して、しきたりの生飯が、食作法を超えて、生者と死者との大会食をしている事実を体験した。 会食がすむと紫山老師は、手さげ袋から巻たばこのロングピースの箱ときせるを取出し、一本のピースを鋏(はさみ)で三等分に切り、きせるにつめて傍らの煙草盆の炭火で火をつけて喫(す)い、うまそうに鼻から紫の煙を出される。給仕の年配の女性が、「老師さまは健康管理の思召しで、節煙遊ばされるのですか」と尋ねる。私も同じ思いだった。老師はにこやかに首をふって「わしは年をとっとるので、坐禅も作務(さむ)もできん、そんなわしが一人前にたばこを喫ったら、もったいないでのう」と、さりげなくおっしゃった。私たちはこの一言に感動したが、喫煙も食事も『五観偈(ごかんのげ)』の第四、「正(まさ)に良薬(りょうやく)を事(こと)とするは形枯(ぎょうこ)を療(りょう)ぜんが為なり」(飢渇(きかつ)を療する良薬である)のさりげない実践に外ならない。 □しきたりからしつけへ□ 五観偈を食前に称えるしきたりを更に展開して、私達が自分の力で生きているのではなく、生きさせて頂いている事実を反省・学習し、更に「どう生きるべきか」を深く自分に問う教材にすることができるし、またそうしなければならない。 たとえば、五観偈の第一に、「功(こう)の多少(たしょう)を計り彼(か)の来処(らいしょ)を量(はか)る」(食物が供されるまでの人びとの労苦と衆生の労苦を観得する)は、「私がこの世に生まれて、今ここにあることは食物を供してくれる多くの人の労苦のお蔭と天地の恵み」であると、自己の存在への深い反省と感謝に読み換えることができる。しきたりは活用が肝心である。 しきたりは、また継続しなければ意味がない。継続によってその意味がいよいよ明らかになるからで、しきたりこそまさしく〈継続は力〉であることが証明される。私事であるが子どもの頃にしつけられて、今も実行していることが幾つもある。その一つが、物を粗末にしないことである。子どもの頃になかったティッシュペーパーでも、粗末にしないのではなく、粗末にできないのだ。 その二が、朝食は家庭全員必ず共にすることであった。「あった」と過去完了語でいうのは、私が老年で家族と同じ歩調で食事ができなくなったからだ。今はみんな忙しいから、家族でも昼食や夕食に顔は揃わないが、朝食はその気があるなら、一緒に箸をとることができる。家族全員みんなの顔が揃うのは、子ども達の非行化を防ぐ最も有力な方法であろう。 家族同士でも、あいさつはきちんとするしきたりは、家庭を守り子女が正しく成長していく上に欠かせない要素である。きまりある生き方をするしつけは、大人になってからでは困難で、幼年期に施さなければ効果が少い。しきたりとしつけとは微妙な関係にある。しきたりを守って生きるなら、それはやがてよいしつけになるように思われる。 しつけは、〈仕付く・作りつける〉の意で、マナーを身につけるをいう。漢字で躾と書き表わすが、躾は身+美の日本製の国字で、〈からだを美しく飾ることから、しつけの意をあらわす〉と漢和辞典は教えてくれる。しきたりが習慣になり、しつけとなった人の動作は確かに美しい。それは、その人の身体に完全に消化されているからで、人格形成にもなっている。 しつけは、その人の精神的雰囲気となって、その人のまわりを取り巻いて他にも影響を与えずにはおかない。中国にも「習(なら)い性(せい)となる」という古い教えがある。後からの習慣が生まれつきの性質と同じようなはたらきをする、という教えである。 このように見てくると、個人の人格や社会の良い慣習の基になるのが古くからのしきたりである。しかるに戦後、とかく古いしきたりを捨てようとする傾向がある。軽挙はつつしむべきである。 |
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