曹洞宗の建物・仏具・法具
東京・功運寺住職/鶴見大学短期大学非常勤講師  佐々 昌樹(さっさ・しょうじゅ)
(2002年『大法輪』4月号より抜粋)

 
   
 
七堂伽藍と諸尊

 曹洞宗・臨済宗・黄檗宗を総称していう禅宗のなかでも、曹洞宗・臨済宗における七堂伽藍は、基本的に中国の宋の時代に成立した七堂伽藍に基づいて整備されています。その七つの建物は、山門(三門)・仏殿・法堂(はっとう)・庫院・(庫裏=くり)・僧堂・浴司(よくす)・東司(とうす)といいます。しかし黄檗宗は、中国の明の時代の様式で、本堂・禅堂・斎堂・祖師堂・伽藍堂・鼓楼(ころう)・鐘楼の七つをいいます。それでは、曹洞宗における七堂伽藍の各建物の名称を大本山を例に述べてみましょう。

山門(三門)――お寺の正式な入口で、正門のこと。山門には、仁王像、または四天王像を安置するのが通例です。それは、真面目に修行する気持ちのあるものはいつでも入門を許すが、いいかげんな気持ちの者は決して中に入れない、ということを表しているのです。山門の楼上には、たいてい十六羅漢像や五百羅漢像がまつられています。

浴司――お風呂場のこと。曹洞宗では、日常の生活そのものが仏道修行であるとされるので、入浴も大切な修行です。浴司には、水に因って悟りを得たとされる跋陀婆羅菩薩(ばつだばらぼさつ)をおまつりし、入浴の前後に三拝します。

庫院――庫裏ともいって、台所のこと。曹洞宗では、食事を作るのもいただくのも大事な修行とされています。庫院には、韋駄天(いあだてん)尊者をおまつりします。また、大黒天がまつられる場合もあります。

仏殿――七堂伽藍の中央に位置する建物です。お寺のご本尊である仏さまをおまつりする殿堂から、仏殿と呼ばれています。別に大雄宝殿、大雄殿、覚皇宝殿とも称されることがあります。
 曹洞宗のご本尊は、釈迦牟尼仏(釈迦如来)ですので、仏殿には釈迦三尊仏がおまつりされることが通例ですが、三尊仏の形式にはいろいろあります。まず第一は、文殊(もんじゅ)菩薩と普賢(ふげん)菩薩を脇侍(わきじ)とするもの。第二は脇侍が阿難(あなん)尊者と迦葉(かしょう)尊者の場合。そして第三には、阿弥陀仏、釈迦牟尼仏、弥勒菩薩の三世仏をおまつりする大本山永平寺の仏殿の形式です。
 仏殿の右奥の壇を土地壇といい、道元禅師さまが入宋して帰国する時に災難からお助け下さったという守護神である招宝七郎大権修理菩薩(しょうほうしちろうだいげんしゅりぼさつ)と土地護伽藍神をおまつりしています。そして左奥の壇は祖師壇といい、禅を中国に最初に伝えられた達磨大師像をおまつりしています。

法堂――そのお寺の住職が仏法を説くお堂という意味で法堂といいます。そのため、本来は仏像をおまつりしないお堂です。しかし曹洞宗では法堂で種々の法要が行なわれることが多くなり、大本山永平寺では聖観世音菩薩をおまつりしています。また大本山總持寺(そうじじ)では、開山堂(かいさんどう)が大祖堂(だいそどう)と称され、開山堂であると同時に法堂ともなっています。

僧堂――修行の中心となる建物で、修行僧たちが坐禅をし、食事をし、夜寝るところです。中央に聖僧(しょうそう)すなわち文殊菩薩をおまつりしています。聖僧さまをおまつりしているお堂なので、聖僧堂といい、それを更に縮めて僧堂というようになったのです。
 この聖僧さまをとりかこむように、修行僧が坐禅、食事、睡眠をとる場である単(たん)が設けられています。この単は修行僧一人に対して畳一枚の広さがあります。「立って半畳、寝て一畳」というのは、畳一枚分の広さがあれば、一人の修行僧が生活するのに十分である、ということをいっているのです。ですから、僧堂は坐禅をするだけの所ではないので、曹洞宗では坐禅堂または禅堂といういい方はしないのです。
 曹洞宗では座禅する時、壁に向かい(面壁=めんぺき)、尻の下に坐蒲(ざぶ)という円形の蒲団を敷いて坐るのに対し、臨済宗では向かい合い(対座=たいざ)、座布団を折りたたんで敷いて坐るという違いがあります。また、坐禅中に眠気を覚まし。だらけた心を警めるために打つ棒を、曹洞宗では警策(きょうさく)といいますが、臨済宗では「けいさく」と呼びます。大きさも、坐り方の違いと打つ場所の違いにより、曹洞宗のものは小さくて、臨済宗のものは大きいものとなっています。

(以下略)