食と仏教
育英短期大学教授  佐藤 達全(さとう・たつぜん)
(2002年『大法輪』5月号より抜粋)

 
   
 
仏教と精進料理

 食事は人間が生きていくための最も基本的な営みのひとつです。それゆえ、仏教においても食べることについての教えは数多く示されています。なかでも、多くの日本人がまず思い浮かべるのは精進料理ではないでしょうか。精進料理は肉や魚を用いない料理のことですが、もともと「精進」は料理を意味したのではありません。これは「ひたすら努力する」というインドの言葉ヴィリヤを日本語に訳したものです。
 修行をするさいには、心身を清めようとして肉や魚を避ける習慣がありました。また、お釈迦さまは慈悲の心から「不殺生戒」という戒律を定め、人間以外の生き物の生命をも慈しみました。こうしたことから、肉や魚を食べないことと、修行に励む精進という言葉が結びつけられたのでしょう。
 日本の食生活の歴史などを取り上げた本では、日本人が肉を食べなかった理由として仏教の影響が大きかったと説明されています。たしかに、天武天皇によって六七五年に肉食が禁止されましたし、その後も肉食禁止の方向は変わりませんでしたから、日本人が肉をあまり食べなかった理由の一つが仏教であることは否定できません。
 その教えに従って、初めはただ肉や魚を食べずに菜食をするだけでした。やがて、鎌倉時代になって禅宗がひろまるにつれて、素材としての野菜や穀物の「いのち」を最大限に生かすために、心をこめて手をかけて調理する精進料理の形が整ってきました。
 同じころ、栄西が中国から持ち帰った茶から禅宗寺院で喫茶の習慣が始まり、茶の湯に発展するとともに懐石料理が生まれました。懐石料理は、修行僧が温めた石(温石=おんじゃく)を懐に入れて空腹を忘れようとしたことから、軽い食事という意味で、茶の湯のさいに茶の前に出す簡単な食事のことです。
 これらの料理は、素材の持ち味を生かした淡白な味付けを特徴とする日本料理の基本になったものと考えられます。十五世紀のころに書かれたとされる『庭訓往来(ていきんおうらい)』には、羊羹(ようかん)・饂飩(うどん)・饅頭(まんじゅう)・索麺(そうめん)など、私たちにもなじみ深い食べ物の名前がみられます。

肉食禁止と「もどき食品」

 その一方で、いろいろな「もどき食品」も食卓に登場します。豆腐を崩した中に、細く切ったごぼうやしいたけを入れ、円盤状の形にして油で揚げた「がんもどき」はおでんの食材として今でも人気があります。これは、その味が雁(がん)の肉に似ているところからつけられた名前で、精進料理における魚肉の代用品として用いられました。このほかにも、たぬき汁(蒟蒻汁=こんにやくじる)や雉子焼(きじやき=豆腐で作る)・鴫焼(しぎやき=茄子で作る)・糟鶏(そうけい=蒟蒻で作る)など、なまぐさと紛らわしい料理がたくさんあります。殺生を禁止する教えを守っていても、肉や魚を食べたいという願望がいかに強かったかを窺うことができるでしょう。たぬき汁は、江戸時代には僧侶が好んで食べたそうです。さらに、食べ物ではありませんが、よく知られているように、お酒を意味する「般若湯(はんにゃとう)」は僧侶の間で使われていた隠語です。
 仏教とともに日本に伝えられた食品も少なくありません。砂糖は奈良時代に鑑真(がんじん)和上が持ってきた石蜜が始まりとされ、きんざんじ味噌は中国の径山寺(きんざんじ)から伝わったものとされています。江戸時代に、京都の宇治に万福寺を建てた黄檗宗(おうばくしゅう)の開祖・隠元(いんげん)の持ってきた豆が、いんげん豆だといわれます。
 このほかにも、禅僧が中国から伝えた普茶料理(ふちゃりょうり=中国式の精進料理)の一種にけんちん汁(一説には建長寺の僧が作ったともいわれる)がありますし、高野山の僧が作り始めたことから名づけられた高野豆腐、品川の東海寺を開いた沢庵(たくあん)和尚に由来するとされる沢庵漬など、仏教や僧にゆかりのある食べ物が多いことは、仏教が人びとの生活に浸透していたことを物語っているのでしょう。

お釈迦さまの食べ物

 ところで、仏教と食を考える場合、肉食の問題だけでは十分ではありません。その理由はお釈迦さまは菜食主義者ではなかったからです。お釈迦さまや弟子たちの食事は、乞食(こつじき)によってまかなわれていました。当時の出家者は生産活動をすることができませんでしたから、托鉢(たくはつ)をして信者からいただいたものを食べていたのです。その中には、肉や魚が含まれることもありました。
 お釈迦さまは必ずしも肉や魚を食べることにはこだわっていませんでした。むしろ「何を食べるか」だけを問題にするのではなく、節度と感謝を忘れないなど「どのような食べ方をするか」に細心の注意を払っていました。その理由は、食事には修行するための身体を養うためという大切な目的があったからです。そこで、食べ方についての教えが詳細に示されています。

「いただきます」の挨拶

 私たちが生きていくうえに、食べ物は欠かすことができません。ですから、生命を支えてくれる食べ物に対してどんなに感謝しても、しすぎることはないでしょう。このように考えると、日本人が昔から食前に「いただきます」という挨拶をしていたのも、ごく自然なことと思われます。
 この言葉がいつごろから使われるようになったのかは、よくわかりません。江戸時代の儒者で『養生訓(ようじょうくん)』を著わした貝原益軒は『食礼口訣』という本で食事の作法を事細かに述べていますが、食前や食後の挨拶には触れていません。
 私たちは食事の前に「いただきます」といいながら手をあわせます。合掌するのは仏教の作法ですから、「いただきます」という挨拶の始まりは、おそらく仏教の教えにあるのではないかと思います。お釈迦さまはすべての生き物が「かけがえのないいのち」を持っていると考えました。その「いのち」を私たちが生きるために食べるのですから「すみません。食べさせていただきます」という気持ちで唱えた言葉ではないでしょうか。
 私は「いただきます」という言葉をもっともっと大事にしなくてはならないと思いますし、食べる姿勢や食べ残しにも注意を払わなくてはいけないと思います。そして、食べることによって得られたエネルギーは、自分のために使うだけでなく、自分以外の多くの人や動植物のためにも活用しなくてはいけないでしょう。

仏教から学ぶこと

 私たちがいつも行なっていることを「日常茶飯事」といいます。この言葉どおり、お茶を飲んだりご飯を食べたりすることはもっとも身近で平凡な営みです。そのため、食べ物に関する話題は尽きませんし、食べ物の起源にも多くの俗説があって、どれが正しいのか、なかなか決められません。
 一日の食事はふつう三回ですから、一年では約千回、十年で一万回にもなります。これだけくりかえしていると、食べることに特別な意識を持たなくても不思議ではありません。そのため、ともすると「おなかが空いたから食べる」というように、惰性で行なうことにもなりかねないのです。
 ところが、食事は空腹を癒したり活動するためのエネルギーを得たりするだけでなく、肉体の健康を維持するためにも大切な役割を果しているのです。それどころか、人格形成や生き方など、心の健康にも大きな影響を与えることがわかってきました。
 心を養うという点で、とても與味深いお釈迦さまの教えがあります。『増一阿含経(ぞういちあごんきょう)』というお経では、食べ物が世間食(せけんじき=肉体を育む食べ物)と出世間食(しゅっせけんじき=智恵を養う食)に分けられ、さらに九種類に分類されています。
 この中で、私たちが「食べ物」として考えているのは段食だけで、あとの八種類の食はすべて「こころの栄養」を意味しているのです。食事のしかたが心のあり方に大きく影響しているとお釈迦さまが考えていたことを窺うことができるでしょう。
 さらに、よく知られている『維摩経(ゆいまきょう)』というお経には、「もし、よく食において等ならば、諸法もまた等なり。諸法等ならば、食においてもまた等なり」と説かれています。これは、食事の仕方がその人の生き方そのものであることを意味しているのです。
 これに関連して「正命食(しょうみょうじき)」「邪命食(じゃみょうじき)」という教えもあります。お釈迦さまは、食べ物の入手方法も問題にしました。正命食というのは正しい方法で手に入れた食物のことです。これは、私たちの心身を健康に養ってくれます。その反対に、やってはいけないことをしたり、人をだましたりして得た食物を邪命食といって、心や身体のためにはならないと考えました。私たちは品物のよしあしにばかり関心を向けがちですが、お釈迦さまは選ぶ人の意識も問題にしました。
 今、「食の乱れ」が指摘されています。日常茶飯事といわれるように、毎日くりかえしている食べるという営みが私たちの心身に及ぼす影響は決して小さくありません。食べ方を見れば、その人と人となりがだいたい見当がつきます。「こころの栄養」を重視した仏教をよりどころにして、食べ方を見直すことが私達に求められているのではないでしょうか。