「他力」を生きる
龍谷大学名誉教授 福井・浄光寺住職 浅井 成海(あさい なるみ)
(2006年『大法輪』5月号より抜粋)

 
   
  一、他力本願は積極的な教え
 「他力本願」という言葉は、親鸞聖人(しんらんしょうにん)のみ教えの最も重要なお心を表わします。ところが、この言葉が誤解されて、全く無気力に、他の人の力をあてたよりにして生きることに用いられる場合が多いのです。
 そのような誤った考え方をしている人が多いので、親鸞聖人のみ教えに生きる浄土真宗の門徒の人びとに対しても「あなたの所属している浄土真宗は楽でよいな、何にもしなくてよいのだから、すべて仏さまにおまかせして救われるのだから、こんな楽な教えはないと思うよ」などとはっきりおっしゃる方もあります。
 ところで、熱心に浄土真宗のみ教えを聞法(もんぽう)しておられる方より、
「私は、すべて阿弥陀さまにおまかせして、自分は厳しい修行をせず、極楽浄土に生まれる教えなど仏教ではないと思っていました。しかし二十代で夭折(ようせつ)した子供との別れの悲しみを乗り越えることができず、苦しみ続けました。その中で『歎異抄』に出遇(であ)い、救われました。今は、親鸞聖人のみ教えの素晴らしさに感動しながら、毎日の生活をしています」
と聞かせていただいたことがあります。
 この方のように、自分が深い悲しみや苦しみにぶつかって、それをなんとか乗りこえようともがき、苦しんでいる中で、他力本願のこころに遇(あ)わせていただくと、そのうけとめ方が、全く変わってきます。
二、たゆみなく聞法する
 このように「他力本願」は、親鸞聖人のみ教えの結論を表わす言葉でもあります。
  「他力とは如来の本願力なり」(『教行信証』行巻) とおっしゃるので、阿弥陀如来のあらゆる人びとを救いたいというはたらきが、今私のところに届いている、それを「力」と表現しています。
  「私は今、阿弥陀さまのお救いのまっただ中にある」 という意味です。親鸞聖人は、二十九歳の時に、恩師・法然上人のみ教えに遇われましたので、その慶(よろこ)びを
 「雑行(ぞうぎょう)を捨てて本願に帰す」(『教行信証』化巻)
と述べられています。阿弥陀如来のお救いの慶びを、二十九歳の時に感得されました。九歳の時に比叡山に登られ、二十九歳の時に比叡山を降りて、法然上人のみ教えをうけ入れる身となられました。
 二十年間の厳しい修行を経ておられます。本願力のみ教えに生きぬく身となられるまでに、二十年間の修行があることを忘れてはなりません。全く自分は何もせず、他人の力をあてたよりにするのではなく、厳しい修行を経て結論に到達しているのです。
 浄土真宗のみ教えでは、聞法することが第一ですので、何年も聞きぬいて「他力とは、如来の本願力なり」とうけとめることになります。如来の本願力に生かされる道ですから、これを「他力浄土門の道」といい表わしますが、決して甘えや無気力の道ではありません。厳しい聞法の歩みがあるのです。
三、「遇う」とは「信ずる」こと
 次に、如来の本願力に生きぬく道は、信心によってその結論に到達するのですから、ひたすら聞法によって信心を得る道でもあります。これを親鸞聖人は
  「本願力に遇う」
といい表わされます。
 この「遇う」ということは、「もう遇う」、あいたてまつるということであり、阿弥陀如来が手だてを尽くして下さり、この私が「阿弥陀如来に遇わせていただいた」、これを「信心」といい表わします。もちろん他力の信心であり、信心も阿弥陀如来より賜る信心ですが、この「信心」が他力のみ教えの根本にあります。
 先述のように、ある方が、自力の修行の道であれば理解できるけれど、「念仏を申して」自分は何もせずに阿弥陀仏のはたらきによって生きていくことなど、はじめは納得できなかったと語っておられるように、「なぜ念仏なのか」「なぜ信心なのか」を、しっかり見きわめてゆけば、他力の意(こころ)もよく知られるのです。
 阿弥陀如来が「我が名を称(とな)えてくれ、必ず救う」というご本願をお誓い下さっているのです。その誓いに従って、称名(しょうみょう)念仏の専修こそが、本願の行であることを明らかにされたのは、法然上人です。
 これをうける親鸞聖人は、本願の帰するところは、「聞く念仏」、如来の呼び声を聞く念仏であることを明らかにして下さいました。しかも称えるままが、阿弥陀如来の、「必ず光の中に摂(おさ)めとって、浄土に生まれさせる」という呼び声なのです。
 長い浄土教の歴史は、先師が『大無量寿経』に説かれる願心を聞き続け、わかりやすく、その仏心を明らかにして下さったものなのです。
四、老いを生きる
 高齢化社会を迎えて、一つの仕事をやり遂げ、定年を迎えた後も、二十年、三十年も生き続けねばならぬ時代を迎えました。今までにはなかった課題を抱えることになりました。
 どんなに恵まれた環境で生活していくことになろうと、体力、気力の衰えを乗り越えていくためには、老いがそのまま認められ、受け入れられるようなみ教えをよりどころとすることが必要となります。
 「もう頑張りきれなくなりました。全てを忘れてしまいます」、そのような事実を迎えても、それを受け入れて、自分を生かしめて下さる阿弥陀如来の願心を受け入れていくことが大切です。
 とても賢く、力強く生きぬいてきた方であっても、すべてを忘れて自分の身のまわりのことさえ、他人の助けを受けなければ生きられぬ時を迎えます。「老いるということは、なんと淋しいこと、辛いことでしょう」と思ってしまいます。が、そうではありません。み仏の「必ず救う」という本願の中にあるのです。
 阿弥陀如来はおっしゃいます。「頑張らなくてよいよ」。そのままが認められた、み仏の光の中にあります。老いることの深い意味をお教えいただくことができます。
五、臨終の善悪をいわず
 不治の病や、それによる死を告知されるという、大変な苦しみを抱えていらっしゃる方も、必ず、阿弥陀如来の本願の救いの中にあるのです。他力のみ教えに身をまかせ、死という事実を受け入れ、その苦しみを乗り超えようとするとき、浄土へ必ず摂めとって下さるみ仏のお心をよりどころとすることができます。
 親鸞聖人はまた、「臨終の善悪をいわず」とおっしゃっています。つまり、どのような亡くなり方であってもよい。命終(みょうじゅう)の時に、病などで苦しもうと、「平生(へいぜい)」の救い(日常の中で他力の信を得て、往生が約束されること)なのだから、浄土に往生することは間違いないと説かれるのです。
 親鸞聖人の最晩年(八十八歳)のお手紙は、乗信(じょうしん)御房に宛てたものですが、
  「善信(ぜんしん=親鸞聖人)が身には臨終の善悪を一切申さず」
と語っておられます。それは、平生において賜りたる他力の信に住するからであると述べています。  また、関東にいた門弟の人びとの浄土往生の知らせをうけて、親鸞聖人は
  「おめでたいことです。浄土でお遇いいたしましょう」
とお手紙で書き送っておられます。
 『阿弥陀経』に説かれる「倶会一処(くえいっしょ)」(浄土は全ての人が倶(とも)に会うことのできる世界)にもとづいて、くり返し「あい遇う世界のあることを」お教え下さいます。

 また、大事な人との死別を体験し、その悲しみより立ち直ることのできない人に対して、親鸞聖人は、ひたすらみ教えに遇い、み教えに聞くことをお教え下さいます。そして自分に先立っていった人、自分を残して亡くなった人は、今、目には見えないけれど、「還相(げんそう)」の菩薩(一度浄土へ往生した者が、この世の人びとを導くために菩薩として還ってくること)となって、自分のところに来て下さっていることをもお教え下さいます。
 あるお母さんは、
  「大切な子供を交通事故で失い、悲しみにうちひしがれていましたが、聞法を重ねるうちに、私にとっては、亡くなった子供に導かれ、仏縁をいただき、念仏申す身とさせていただいたのですから、先立っていった子供は還相の菩薩であったと知らされました」
と語られました。
六、あらゆる命に支えられて
 他力本願のみ教えに遇うことは、阿弥陀仏の大悲のお心を受け入れて(信心の生活)、「南無阿弥陀仏」と念仏申す生活を続けることです。もし声を出しての称名に抵抗があるならば、心の中で念仏申すことであってもよいと思います。「お救い下さい」「お助け下さい」ではなく、共に歩み、「私」(自分)をお救い下さっている、阿弥陀さまのお心を、念仏申す生活の中で聞かせていただきます。
 それは、「私」を支えて下さっている、あらゆる命のはたらきに目ざめ、生きる慶びを知らせていただくことでもあります。すべては阿弥陀如来のはたらきの中にあることに気づかせていただきます。深く深く、ひろくひろく、今まで気づかなかった世界を、「ありがとう」といいながら生きぬくことになります。
 さまざまな挫折もあり、絶望的な気持ちになることもあります。悲しい時に涙を流さない人はいません。苦しい時に思わず呻き声をあげてしまう「私」です。しかし、その「私」が光の中にあるのです。
  「絶望ということはないよ、あらゆる願いの中にあるよ」
と呼びかけて下さるみ仏の声を、聞かせていただきます。「私」もまた、そのみ仏の声に導かれて、まわりの方々に尽くしていきたいものです。
 他力の願いに生きるとは、また「私」があらゆる命を拝んでいく生き方でもあるのです。