| 知床で『正法眼蔵』を読む |
| 立松 和平(たてまつ わへい) |
| (2005年『大法輪』8月号より抜粋) |
| 道元に私がひかれたまず第一の言葉は、「典座教訓(てんぞきょうくん)」にでてくる「徧界曾(へんがいかつ)て蔵(かく)さず」である。 正師(しょうし)を求めて道元が大宋国に渡ったのは、貞応二(一二二三)年のことであった。天童寺と戒位の解釈についての行き違いがあり、明州慶元府(寧波(にんぽう))の港の船中に道元がとめおかれていた時、年の頃六十ばかりの一人の老僧が日本産の椎茸を買いにくる。 明日は特別の説法があるので、麺汁(めんじゅう)をつくって修行僧たちを供養しようというのである。道元は老僧に茶をふるまい、仏法のことを語り合う。道元にとっては楽しい時間であった。老僧は料理を供する役僧の典座(てんぞ)で、明日は雲水たちに供養をしなければならないから、もう帰るという。道元はいう。 「あなた様ほどのお年で、どうして自ら坐禅修行をしたり、古人の仏道修行の話を読んだりしないのですか。煩(わずら)わしい典座職になってひたすらに働き、いったいどんなよいことがあるのですか」 老典座は大いに笑う。 「外国からやってこられた御方よ。あなたは弁道修行というものがどのようなものかよくわかっていず、また文字というものもまだ知っていないようだ。このことが理解できないのなら、いつか阿育王寺(あいくおうじ)に私を訪ねていらっしゃい」 こんな意味のことをいい、老僧は去っていく。後日、天童寺で修行する道元のもとに、かの老僧が訪ねてきてくれた。さっそく道元は老典座に、弁道修行とは何か、文字とは何かを問わなければならない。そのところの文章はまことに感動的なので、原文で引用させていただく。 典座云う。 「文字(もじ)を学ぶ者は、文字の故を知らんと為(な)すなり。弁道(べんどう)を務むる者は、弁道の故(ゆえ)を肯(うけが)わんことを要(もと)むるなり」と。 山僧、他(かれ)に問う。 「如何(いか)なるか是れ文字」と。 座(ぞ)云う。 「一二三四五(いちにさんしご)」と。 又問う。 「如何なるか是れ弁道」と。 座云う。 「徧界曾(へんがいかつ)て蔵(かく)さず」と。 文字を学ぼうとする者は、文字の真実の意味を知ろうとする。修行をする者は、修行の真実の意味を求めるものだ。文字とは何かと問う道元に対する答えが、「一二三四五」である。文字とは表面上は一つ一つに意味があって、それぞれに独自性があり、他に置き換えることのできない絶対的なものでもある。つきつめていけば、「一二三四五」としかいえないような絶対性を持っている。 それでは修行とは何かと問うた道元に、老典座はこう応えたのである。 「すべての世界はなにも隠すことはなく、すっかりあらわれている」 森羅万象はそっくり目の前にあるのであって、何も隠されているわけではない。目の前にすべてがあり、そのすべてが修行の対象であるということだ。 本当に何も隠されていない。過去は消えてしまって見えないのではなく、現在はたちまち過ぎゆくから手にとることができないのではない。また未来はいまだ現れないのではない。森羅万象のすべては、あまりに明らかに目の前に投げ出されている。そうであるにもかかわらず、その真理が見えない私たちは、哀れむべき存在ではないか。 すべてがあからさまに投げ出されている自然の中で、たとえば北海道の知床(しれとこ)で、私はよく野生動物の姿を見る。日本の最大の陸上動物はヒグマである。知床の某番屋では、ヒグマの棲息地に番屋を建てたので、近くにしょっ中ヒグマが出没する。姿を見かけるたびに、駆除ということでヒグマを鉄砲で撃っていた。ヒグマは恐ろしい動物であるとの思いが人間にはあるからだ。当然因果によって、ヒグマも反撃してくる。ヒグマは恐ろしいという固定観念が、ますます強固になってくる。 ある時、漁師たちはヒグマを撃つのをやめた。撃っても撃っても、きりがないからだ。もちろんこれも人間の都合である。それから十数年たち、人間によってひどいめに遭わされたという記憶を持っていない新世代のヒグマが現れるようになった。そのヒグマたちは過去のことではなく、現在の漁師たちと向きあう。過去の因果はいつしか消えたのである。 新しいヒグマたちは、人間が攻撃をしてこないので、人間を攻撃しようとはしない。人間が邪悪な存在ではないので、そこにいても気にしない。 「たった今、俺のまわりを三つ回って、向こうにいったよ」 私が番屋にいくと、浜で網の繕いをしていた漁師たちはこんなふうにいう。そのとおりにいくと、大きなヒグマがいたりする。漁師が倉庫でホッケを開きにして干していると、ヒグマが取りにはいる。すると番屋の船頭は棒を一本持ち、ヒグマにお説教をして追い払う。お説教の言葉はこんなふうだ。 「おめえが魚をとったら、俺たちはおめえに何かしなくちゃなんねえ。それはわかるべ。わかったら、もうこんなことするんじゃねえぞ」 因果を説いて聞かせている。ヒグマとしても、自分が悪いことをしたということはわかっている。なんとなくばつが悪そうにして、去っていくということだ。 いつか私は遠くにヒグマがいるのを見つけ、川岸の小高いところに三脚を立てて写真を撮っていた。ヒグマはどんどん近づいてくる。川があるのでそれが防壁になると思っていたら、泳いできた。その間いい写真が撮れるので喜んでいた。 ヒグマはどんどん近づき、ファインダーが顔のアップになり、望遠レンズのオートフォーカスがきかなくなった。ファインダーから眼を離すと、ヒグマはすぐそばにいた。ヒグマが身をぶるっと震わせて毛の先から水を飛ばすので、水滴がファインダーにかかった。あわててレンズを掌でおさえた。 それからもしばらくヒグマはすぐそばにいた。私はさすがに緊張はしたのだが、危険だとは感じなかった。ヒグマは怒っている様子もなく、こちらの顔を見ないように下を向いていた。その時に私は、漁師とヒグマの奇蹟的な共存関係の秘密を知ったように思った。お互いに相手を見ないふりをしているのである。目を見合わせるとそこに関係が生じ、なんらかの行動をとらなければならなくなる。つまり極力因果をつくらないようにしているのだ。 私はヒグマの暮らしぶりを、その場所で何度も見た。ヒグマの雌は冬眠中に穴の中で子供を産み、春になって穴を出る頃には子供は縫いぐるみのクマのようにころころと可愛くなっている。母子はその場所で二年ほど暮らす。母は子に虫や魚のとり方を教え、子が自立できるようになると自らその場を去っていく。母が海岸の石をひっくり返して底についている蟻をなめたり、夏になると川を遡上してくるカラフトマスやアキサケをとり、子にどうやれば生きていけるかを実践的に教える。 そんな姿を見ていると、彼らはよりよい暮らしを切実に望んでいるのだなということがわかる。よりよい暮らしとは、まず食べるものがあって飢えないことである。そして何より、穏やかに平和に暮らせるということだ。人間が敵になれば、当然彼らも人間の敵になる。そこに闘争が生まれる。ヒグマはヒグマを生きたいのだし、人間は人間を生きればよい。人間を生きるということが、実は最も難しいのではあるが……。 知床で生きとし生けるものの姿を観察していると、「草木国土悉皆成仏(そうもくこくどしっかいじょうぶつ)」「山川(さんせん)草木悉有(しつう)仏性」という言葉を思い浮かべる。生きとし生ける衆生として、ヒグマも人間もまったく変わりはない。もっというなら鳥獣虫魚も草も木も、どんな小さな命も、その生きものにあったよりよい暮らしをし、安全に生きたいという願いは、まったく変わりないのだ。 このようなフィールドワークをしつつ、私の胸にいつも響いているのは、「徧界曾て蔵さず」という言葉である。真理は何も隠れていない。すべては露(あら)わなのだ。ヒグマはヒグマを生きることに困難を覚えないだろうが、人間が人間を生きるのは実に困難である。自然の中にしか生きていないヒグマは、真理の流れに従順だ。その一方人間は、真正面から真理と向き合おうとせず、時に自分の都合で自然を変えようとする。目の前に真理が流れているのに、それを感じようとしないのだ。 そんな私自身の体験を道元は『正法眼蔵』でどのようにいっているかと考えるのが、このところの私の習い性となった。「全機(ぜんき)」の巻の一節を思い浮かべる。 生(しょう)は来(らい)にあらず、生は去(こ)にあらず。生は現(げん)にあらず、生は成(じょう)にあらざるなり。しかあれども、生は全機現(ぜんきげん)なり、死は全機現なり。しるべし。自己に無量の法あるなかに、生あり、死あるなり。 まことに深い文章であるが、私なりに現代語訳を試みる。 生は来るのではなく、生は去るのではない。生は現れるのではなく、生は成るのではない。そうではあっても、生は六根全身の積極的なはたらきの現れであり、死は六根全身の積極的なはたらきの現れである。知るべきである、自己の中に無限の真理が流れているのであって、その中に生があり、死があるのだ。 生が去って死が来るのではなく、生も死も真理の無限のはたらきなのだ。知床でヒグマを見ながら、私は自分の生と死とを感じているのであり、自分の中に流れている真理を見つめているのだ。生だけを取り出すことはできず、生にだけ執着することもできない。同様に死だけを取り出すことはできず、死にだけ執着することはできない。すべては真理のはたらきに従順でなければならないのだ。 生も死も真理のはたらきであって、何も隠されているわけではないのだ。自然の中でフィールドワークをしつつ、『正法眼蔵』を読む。これほどの豊穣はないと、私は思っているのである。 |
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