| 信ずる道 |
| 浄土宗・善光寺大本願法主 鷹司誓玉(たかつかさ せいぎょく) |
| (2007年『大法輪』 9月号より抜粋) |
| やりなおしのできぬ人生 一昨年の新潟県中越地震の被害も未だ復興しきれぬうち、今夏は7月16日、思いもかけぬ大地震が新潟長野方面を襲い、死者11名、家屋全壊960棟という被害が出ました。大本願では年回法要中でありましたが、ビシッと大きな衝撃を受け、何か大きなものがどこかに落ちたのかと思う間もなく、大波に船が揺られる感じで御堂全体がゆさゆさと暫く揺れておりました。 かつて松代群発地震を体験しているので、あの頃の震度4より少し大きく感じましたので、これは震度5ぐらいかしら、もし仏前のお灯明が倒れたなら、法要中ではあるが、すぐお高座を降りて火を消しにかけつけなければ、などと考えているうち、ようやく鎮まりました。直後の発表では長野市内は5弱、ほんの少し山の方に上った飯綱町は震度6強との事、善光寺内外はおかげ様で大した被害もなく、早速お見舞電など頂いた方々にはこの誌面をおかりして厚く御礼申上げます。 人生にはいつ何が起るか判りませんし、地層学的にこの辺りは断層が通っているので、いつか必ず大地震や地すべりがあるだろうとの予想は、学識者の説いておられる所でありましたが、いつどこにという予測の出来ないのが自然界の強力なエネルギーであり、私ども一人一人の運命でありましょう。何があってもあわてず恐れず、信ずる道をしっかりと踏みしめて日々精進したいものであります。 もと増上寺法主・大正大学学長の椎尾弁匡上人のお歌に 時は今 所足もと その事に うちこむ命 とわのみ命 とあります。人生には生き直し、出発点に戻っての歩み直しなどがあり得ません。命が只一つであるように我が人生の道も只一すじであります。 私ども浄土宗の宗祖、法然上人(1133~1212)は43歳で唐の善導(ぜんどう)大師の『観経疏』(かんぎょうのしょ)という御著述の中の 一心専念弥陀名号、行住坐臥、不問時節久近、 念々不捨者、是名正定之業、順彼仏願故 という一文により回心され、お念仏による万民救済の教えを確立されました。 しかし、それまで盛んであり大きな権力をもっていた南都北嶺の諸大寺(奈良興福寺や東大寺、京都の比叡山延暦寺など)から強い排斥運動がおこり、さまざまな法難にあって四国流罪というきびしい処分を受けられましたが、お念仏の道は阿弥陀如来が選ばれた王本願であり、唐の善導大師が選択(せんちゃく)し、お伝え下さった唯一絶対の道として末代の自分もひたすら従うのみであり、いかなる迫害を受けても一歩もひかず信ずる道を実践するとして迷う事なく生涯を貫き通されました。そのおかげ様によって私どももこうして迷う事なく仏道精進させて頂いております。 かつて皇后陛下は かの時に我がとらざりし 分去(わかさ)れの 片への道は いづこに行きけむ とお歌いなられました。「かの時」とは恐らく、当時皇太子殿下であられた現天皇陛下から御婚儀の申入れがおありになった時でありましょう。あの時もしもそれをお受けしていなかったなら、その後の人生はどうなっただろうか、と誠に身にしみる御述懐であります。僭越ながら岐路に立っておまよいになったでありましょうが、片への道など恐らく今さら想像もおできにならないのではないでしょうか。お申入れをお受けになったればこそ皇太子妃殿下として三皇子女を産み育てられ、今や皇后陛下としての人生をひたすら誠実に歩んでいらっしゃいます。皇室の伝統を守り、国民にやさしい慈眼をそそぎ、諸外国の指導者たちとも対等に交流され国際的貢献をされるなど、皇后陛下でなければならない重責を立派に果していられるお姿には感服するのみであります。まさに選択を誤まられなかったと申上ぐべきでありましょう。 両陛下ともにいつしかお髪に白さの目立つほど年齢を重ねられまして、時折り御体調を崩される事もおありになりますが、常にお互いを信じ、よりそいあい、いたわりあいつつよい御夫妻・よい御家族を営んでいらっしゃる事、国民のお手本として敬慕致す所であります。しかも色々な機会における記者会見などでは、常に日本人・外国人をとわず先の大戦で多くの人命が失われた事を「最も深い悲しみ」といわれ、国土の荒廃から立ち上って今日の日本の再建に尽した人々への感謝をのべられ、人々の暮らしの安泰と世界の平和を願い、高齢者や障害者への心くばりを表明していられます。 高齢者への気くばり 今や日本は世界最高水準の長寿国となり、現在100歳以上の方が一万人をこえており、2020年には65歳以上の高齢者が全人口の四分の一を占めるだろうと推測されております。9月15日敬老の日には、さらに色々な面からの調査や統計結果など発表されるでありましょう。 ただし、数量的にどれほど高齢人口が増えたとか、日本一、世界一の高齢者の存在を誇るのみでなく、もっと実質的に高齢者や障害者等が安心して暮らせる経済的あるいは環境の整備、ケア内容の充実に社会全体でとりくみ気くばりしたいと思います。時には親切めかして独居老人や老夫婦宅に近づき、不必要な住宅修理や機械類のとり付けを契約させ法外な高額料金を請求し、僅かばかりの年金をあの手この手で詐取する悪徳業者も横行すると聞きます。 父母恩重経には「己れ生ある間は、子の身に代らん事を念い、己れ死に去りて後には、子の身を護らん事を願う、是の如き恩徳、いかにして報うべき」とあります。「父に慈恩あり母に悲恩」ありとも説かれ、各々我が身をけずる思いで子育てをして下さいました。自分たちが成人し家庭妻子をもったからといって、親を粗末にしては自分もまた子にそむかれる結果になりましょう。世の中のお年寄りは皆我が父、我が母、我が祖父母と思い、敬愛の念、温かい人情をもって大切に接していく事こそ社会を和やかに明るくする根本であります。 先年の阪神淡路大震災以降、若い人々の間にボランティア意識が順次浸透し、その実践者どうしの間に連帯感が芽生えつつあるとの事で大変ありがたい事と思います。この気持ちがやがて仏教の説く「不惜身命(ふしゃくしんみょう)」「捨身供養(しゃしんくよう)」の理想の実現に近づくでありましょう。我が身の汚れや疲れをかえりみず、周囲の方々(傍=はた)を楽にしてあげようとつめる事が働くの本来の意味であるとも言われ、働く事に喜びを見出す人のふえるのを切望するものであります。 |
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