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 仏教の教えへの疑問
(大法輪閣刊『仏教の教えなぜなぜ問答』より)
1. 煩悩(ぼんのう)とは何ですか
2. なぜ大乗仏教・小乗仏教というのですか
3. なぜ仏さまを拝むのですか
4. 涅槃(ねはん)とは何ですか
5. 縁起とは何ですか
6. なぜ自力・他力というのですか
7. なぜ懺悔(さんげ)をするのですか
8. なぜ念仏を称えるのですか
9. なぜ坐禅をするのですか
10. なぜお坊さんは葬式をするのですか
11. なぜ年回法要をするのですか

 1. 煩悩(ぼんのう)とは何ですか
「煩悩」というのはサンスクリット語のクレーシャ、パーリ語のキレーサの翻訳です。本来「悩ます、苦しめる」という語からつくられたことばであり、煩悩のほかに「惑(わく)」、「結(けつ)」、「結使(けっし)」などという訳語があります。
 それならば煩悩とは一体どのようなものなのでしょうか。「煩悩の犬は追えども去らず」ということわざがある位ですから、煩悩は常に人間にまつわりつき、離れることがないということはおよそ想像がつきます。
 ひとつ例をあげてみましょう。仮りに私がことのほか数学が苦手であったと仮定しましょう。ただでさえ苦手ですから、当然数学がきらいで、できればそれを勉強せずに学校を卒業したいものだと常に考え、事あるごとに数学の授業を避けようとしています。ところがあした数学の試験があり、どうしてもそれを受験しなければなりません。しかしきらいな科目ですからふだんも勉強しないし、あしたの試験など、良い点がとれるどころか、落第点しか取れないのが目に見えています。「ふだんもっと数学を勉強しておけばよかったなあ」と思っても、もうあとの祭りです。「あーぁ、うまく病気にでもなれば、あしたいやな試験を受けなくてもすむのになぁ」とくよくよ考えつづけていると、本当に翌朝熱が出て体の調子が悪くなってしまった。こんな経験をした人もあるのではないでしょうか。私にも実はあるのです。
 いやな試験に思いを馳せ、くよくよと思い悩む、これを煩悩に当てはめるとよくわかります。煩悩とはこのように人を思い惑わせ、悩ませる心の働きといってよいと思われます。ですから貪(むさぼ)り(貪=とん)、憎しみ(瞋=じん)、真理に暗いこと(癡=ち)などもこの中に当然含まれます。そして、先ほどの例の中で、心の悩みが身体にまで影響を与えて、とうとう本当に発熱して体調を崩してしまったように、煩悩は身体やそれが行う行為にまでも影響を与え、その人を苦しみの存在に拘束すると考えられるのです。
 仏教では伝統的にこのような煩悩を細かく分析し説明しています。煩悩の数も種々な数えかたがあって、それにより多くの数があげられます。ここでは煩雑になるのであえてその数えかたには触れませんが、俗に108という数をそれに当てたりします。108の煩悩の数えかたについても諸説がありますが、古代インド一般に、八はきわめて神秘的な数で、しばしば10、100、1000などのラウンド・ナンバーに加えられて、(すなわち18、108、1008など)「多数」、「無数」を表わすということを付記しておきたいと思います。

文=大正大学教授 松濤 誠達(まつなみ・よしひろ)

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 2. なぜ大乗仏教・小乗仏教というのですか
 西暦紀元前後のころインドで、当時の部派仏教と呼ばれる仏教教団が出家者を中心として釈尊の教えを哲学的に研究することを主な課題としたのにたいして、釈尊その人への熱烈な信仰を中心として、広く人びとを救済するための利他行(りたぎょう)を実践しようとする新しい宗教運動が始められました。かれらは自分たちの信奉する教えをマハーヤーナと呼び、それまでの部派のうちで自分自身の救いを第一とするものたちをヒーナヤーナと呼びました。
 マハーヤーナといううち、マハーは「大きな」「偉大な」を意味し、ヤーナは「道」「乗りもの」を表わしています。そこでマハーヤーナは「大きな乗りもの」すなわち「大乗」の意味となり、「自分ひとりの安心のためだけではなく、すべての人びとを残らず救済する広人な乗りもののような仏教」ということを表わします。これにたいして、ヒーナヤーナといううちのヒーナは「棄てられた」「劣った」の意味で、ヒーナヤーナは「劣った乗りもの」ということになります。この意味から中国で仏典を漢訳する際に「大乗」にたいして「小乗」と訳したのであり、「小乗」は大乗の側から部派仏教中の特定の部派をおとしめていったことばです。
 大乗とは大乗仏教運動を始めた人びとが自ら称したことばであり、小乗とは大乗の側から従来の部派のうちの説一切有部(せついっさいうぶ)と呼ばれる系統の部派を批判して呼んだことばであるということは記憶しておいてよいと思います。
 大乗仏教運動は、釈尊その人にたいする熱烈な信仰をもつ在家の信者の力によって大きく支えられていたと推定されるところからしても、大乗の特色は、文字どおり、出家者も在家の信者も女も男も、年齢も職業も区別なく、あらゆる人びとの救済を目的としたことであるということができます。
 仏教は釈尊以来、自分ひとりが悟りを得られればよいというのではなく、他のすべての人びとの救済を目的としてきたのではありますが、仏教史上、小乗といわれる部派への批判を通じて、新たな宗教的自覚として、利他を根本理念とする大乗仏教運動が起こったと見ることができます。

文=東洋大学教授 菅沼 晃(すがぬま・あきら)

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 3. なぜ仏さまを拝むのですか
 仏さまにお詣りする時、どう祈りますか。
「どうか、身体が丈夫になりますように」
「どうか、家中の者が病気になりませんように」
「どうか、私の願いがかなえられますように」
「いま、私の力ではどうにもなりません。どうか、おたすけください」
「おかげさまで、思う通りになりました。ありがとうございました」
等々さまざまな願いごとやお礼をいって、仏さまに掌を合わせることが多いのではないですか。
 なぜお祈りするのでしょう。
「自分の力で一所懸命しているのですが、あと一歩のところなので、どうぞお力をお貸しください」
あるいは
「この願いがかなえられると、本当に助かります。どうかお願いします」
等、仏さまは自分より"大きな力"をもっておられるので、その力を発揮して助けていただこうと期待し、すがるわけです。
 その時は、もう、自分は何でもできる。自分の思う通り世の中を動かしてゆけるといったような自分の力を過信する心はなく、自分よりももっと"大いなる力"があることを認めて、それにすがるという心です。"大いなる力"を念ずる時、自分は謙虚になっています。
 人間は何でもできると考えるのは思いあがりです。人間が生きてゆくのに必要なものでも何ひとつ自分の力でつくり出したものはありません。すべて他の人のご厄介になって生かさせてもらっているのです。
 どんなに威張ってみても、いま呼吸している空気は自分がつくったものではありませんし、立っている土地も、住んでいる家も、着ている服も、すべて自分でつくったといえるものは何ひとつありません。
 いま、自分が生きていること自体が、すべて他の人や物のお世話になって生活していることで、すべてのものに支えられて生かさせてもらっているものです。
 また、親子、兄弟、友人、近所、会杜等々、自分が関係している人との輪をひろげてゆくと、まさに網の目のような関わりの上に自分が置かれていることに気がつきます。みんなのおかげで生かさせてもらっているのだと気づいた時、心から感謝せずにはおられません。
 この私をとりまく"大きな力の働き"を「仏さまのいのち」といいます。この仏さまへの感謝の気持ちが、仏さまを拝む心です。仏さまに祈る心は、「私も一所懸命に努力しますから、どうかお力をお貸しください」という祈りでなければなりません。何ひとつ努力もしないで仏さまにお願いしても、それはかなえてくださいません。仏さまは、あくまでも私たちがしていることの"あと押し"をしてくださるのです。
 楽しい時も、悲しい時も、すべて「おかげさまで」と、心からすなおに受けとれる時、仏さまはにっこりとうなずいてくださいます。仏さまはいつも私たちを見守ってくださっています。

文=池上本門寺学頭 市川 智康(いちかわ・ちこう)

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 4. 涅槃(ねはん)とは何ですか
 私たちは、好きなもの、愛するもの、大切なものは、いつまでも変わらずにあってほしいと願います。けれども、物はいつか欠けたり壊れたりします。永遠に変化しないものなんて、何ひとつありません。好きな人だって、いつか年をとって醜くなり、うとましくなったりするものです。親子の関係にしたって、ほんのわずかの間に散りぢりになってしまうものです。
 そういう無常の世界は、「いつまでも変わらずに永遠であってほしい」という私たちの思い通りにはならない世界です。ここに苦しみが生まれます。そればかりか、他でもないこの自分が、いつしか消えてなくなるのです。これ以上の苦しみはあるでしょうか。でも、これが有為の世界、転変の世界の実情なのです。
 有為の反対を、無為(むい)といいます。それは、変化もなく、生滅もない世界です。その意味で、永遠の世界です。涅槃(ねはん)というのは、有為を越えた、時間を超えた、この無為の世界のことなのです。
 そんな生じも滅しもしない世界は、どのようにして知られるのでしょうか。それは、私たちが、仏の教えに従い修行して、煩悩という、心を苦しめかきみだす働きがなくなった時に自覚されると仏教は説いてきました。涅槃の原語(サンスクリット)は、ニルヴァーナというのですが、これは煩悩の炎を吹き消した状態を意味するといいます。煩悩をすっかり断じつくした時、有為の世界を越えて無為の世界に入るというのです。
 ただし、大乗仏教の見方によりますと、無為の世界は、有為の世界と別にではなく、有為の世界のただ中に、すでにあるのだと説くのです。変化し生滅する世界のただ中に、変化も生滅もしない世界があるというのです。煩悩を断じれば、その世界を自覚することができるのでしたが、自覚しないうち(煩悩を離れないうち)でも、すでに涅槃=無為の世界は私たちのこの世を離れずに存在しているというのです。むずかしいところですが、何だかわかる気もしませんか。何かを一心に、一所懸命やっている時(有為)、すっかり時間を忘れていた(無為)などということも、ちょっと似ているのかもしれません。
 よく涅槃に入ることと死ぬことは同じことと考えられたりしていますが、大乗仏教の立場でいうと、私たちのこの変わりゆく有為の世界とは、区別されるけれども離れないような世界が涅槃というものなのです。結局、ひたすらこの生命を生き抜くただ中にある、生滅も変化もしない真実の生命が、涅槃なのです。そしてそれを自覚するところに、本当の心のやすらぎもあるでしょう。

文=筑波大学教授 竹村 牧男(たけむら・まきお)

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 5. 縁起とは何ですか
 仏教では、一般に、ものごとを生じさせる直接の原因を因(いん)といい、間接的な原因、あるいは副次的な原因を縁(えん)といいます。縁は因を助けるもの、すなわち結果を生じさせる因を助ける事情・条件のことであり、結果を生じさせる動きをもつという点から、因と同じ意味につかわれることもあります。
 ありとあらゆる存在・現象、それが人間であれ物であれ、そのすべては、このような無数の直接的な原因(因)と条件(縁)が互いに関係しあって成り立っているということを縁起(えんぎ)、あるいは因縁(いんねん)といいます。
 いま、自分がここにあるのは、さまざまな原因と条件によっているのであり、何の原因も条件もなく、自分が自分として、初めからここにあるということはけっしてありません。社会的な現象であっても、山や川のような自然の存在でも、ほとんど無数といってよいほどの原因と条件のもとで成立しているものであることは常識的に考えても理解できます。そのような諸存在や諸現象は、それを成り立たせている原因や条件がなくなれば消滅するのは当然のことであり、その意味で、他によることなくそれ自身で存在するものは何ひとつないことになります。
 このように、人問も世界も、ありとあらゆるものは縁起していると観じることを縁起観(えんぎかん)といいます。縁起説とか縁起の思想とかいいますが、縁起は哲学説ではなくて、宗教的な実践としての縁起観である点を忘れてはならないと思います。すべてのものは縁起しているものであるから、常住不変(じょうじゅうふへん)ではなくて無常であり、苦であると観ずるのが仏教の出発点です。
 私たちが日常の生活の中で「縁起が悪い」とか「縁起がよい」とかいう時の縁起は、その用法をよく考えてみると、結局は「まわりあわせ」あるいは「自然にめぐって来ためぐりあわせ」ということで、すべてのものが目に見えないところでつながっているという仏教の縁起観に基づいていることがよくわかります。日常の挨拶の中で「お蔭さまで」という場合も、広い意味で白分と相手が縁起の関係にあることを意味していると見てよいでしょう。

文=東洋大学教授 菅沼 晃(すがぬま・あきら)

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 6. なぜ自力・他力というのですか
 自力(じりき)とは自己の力、働きということで、すなわち悟りをえるために自らはげむ修行の力をさし、他力(たりき)とは、広く仏・菩薩の力をさしています。自力によって悟りをひらく教えを自力教といい、他力によって仏になる教えを他力教といっていますが、自力教といっても、仏の加威力(かいりき=仏が人びとを助けまもる威力)があることを説いています。
 ところで中国において浄土教が起こり、他力の意味が変わってきます。それまで他力というと、仏・菩薩の加被とか加護をさしていましたが、曇鸞(どんらん)は『浄土論註』を著わして、他力とは阿弥陀仏の本願力(ほんがんりき=仏願力)である、としました。これを受けて道綽(どうしゃく)は、この世において悟りをめざす心を起こし行をなすことが自力教であり、阿弥陀仏の救いによって往生をえることが他力教であって、前者が聖道門(しょうどうもん)、後者を浄土門(じょうどもん)としました。そうして私たちが往生(おうじょう)することができるのは、まったく阿弥陀仏の大願業力(だいがんごうりき)、すなわち他力の働きによることを説きました。
 日本において法然(ほうねん)上人は専修念仏(せんじゅねんぶつ)の教えを説いて浄土教を広められましたが、法然上人没後、その門弟たちによって各派がたてられました。いずれの派も他力の救いを強調していますが、自力と他力の強弱をどう見るかといことによって、自力・他力の受けとめ方に相違が見られます。
 自力と他力についてもっとも明確な解説をしているのは親鸞(しんらん)聖人です。それは書簡の中に出ていますが、自力とは、自分自身をたのみとし、自己のはからいの心をもって自己の行いやことばや思いをととのえ、自己をみがきあげて、それによって往生しようと考えることであり、他力とは、阿弥陀仏の誓いである念仏往生の本願を信ずることである、と述べられています。
 生かされて生きる、ということばがあります。私たちは通常、自分の力をよりどころにして、自己の力によって生きていると考えていますが、それは自分にとらわれていることにほかなりません。真の姿は、自己を生かしめる限りない大きな力がそこに働いているということです。この私たちを生かしめる大いなる力が本願力といわれるのであって、これが他力にほかなりません。この他力にまかせるところに、限りない力が与えられ、そこに真の人生を生き抜く道が開かれることを教えているのです。

文=京都女子大学学長 瓜生津 隆真(うりゅうず・りゅうしん)

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 7. なぜ懺悔(さんげ)をするのですか
 懺悔という言葉は、インドの懺摩(サンマ)という、相手に許しを乞う言葉と、それを漢訳した悔過(けか)という、自ら犯した過ちを告白し、以後はくり返さないように誓う言葉が合さってできています。
 仏在世には出家を願って来た人には、世尊が「前来比丘(または比丘尼)」と言われると直ちに鬚髪(しゅほつ)おのずから落ち、袈裟が身にかかったいう話もありますが、仏滅後には依りどころとする戒本をもとに、受戒を前に過去の悪行の懺悔が行われました。
 仏教では、生命あるものはすべて仏になりうる条件を備えているとしますから、仏に帰依しようと願う時、分け隔てはないのですが、ただ仏にめぐりあうまでの長い間に犯してきた悪行について懺悔するわけです。
 その上で、仏法僧の三宝に帰依する三帰、摂律儀戒、摂善法戒、摂衆生戒の三聚浄戒(さんじゅじょうかい)を受け、それから在家の五戒、比丘の二百五十戒、比丘尼の三百六十戒等を受け、また大乗菩薩戒を受けます。
 特に『梵網経』による大乗菩薩戒では受戒の後、在家、出家ともに、月の十五日と晦日(みそか)に最寄りの精舎(てら)に集まって、戒文の読誦を聞き、十五日の間に教えにそむく行いをしなかったかどうかを反省し、以後、あやまちをくり返さないことを誓います。これを布薩(ふさつ)と言って、仏教がインドから中国に伝わり、大乗経典による教えがひろまった時に広く行われ、日本では伝教大師最澄の発願により『梵網経』による大乗の菩薩戒とその布薩が行われ今日に至っています。
 道元禅師は天童山の如浄禅師から“仏祖正伝菩薩戒法”を伝えられ、興聖寺時代から引き続き永平寺でも行われ、現代に至っています。
 受戒は一回で直ちに仏の子としての地位が認められますが、そのあと十五日ごとに戒文を聞き直し、それまでの生活を反省して懺悔し、新しく次の十五日を仏の教えにそむかないように過ごそうと誓う布薩は、仏教による生活を実現しようとする仏教徒の大切な儀式ということができます。
 布薩の儀式にめぐりあえない人も、三帰、三聚浄戒、十重禁戒の項目だけでも思いおこし、唱える習慣が身につくと、だんだんに、仏の教えによる生活の意味がわかってくると思います。

文=水野 弥穂子(みずの・やおこ)

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 8. なぜ念仏を称えるのですか
 だれでも知っている「ナムアミダブツ」の念仏は、もともとインドのことばです。最初の「ナム」というのは「私は命を賭けても、まごころから信じ、お願いします」という意味です。「アミダブツ」というのは、はるか西方の極楽浄土におられるという仏さまのお名前です。これもインドの発音ですが、中国の人は漢字で「阿弥陀仏」と表現しました。日本人は親しみをこめて、「阿弥陀さま」と呼んでいますが、この仏さまは光に満ちあふれ、永遠の命をもつ仏さまなのです。
 つまり「ナムアミダブツ」というのは、阿弥陀さまの名前を声に出して称え、心の底から信じお願いします、と宣誓していることなのです。名前を称えるので、これを称名(しょうみょう)念仏といっています。
 しかし、念仏は称名念仏だけではありません。本来の意味はもっと広いのです。
 まず、念仏という熟語を日本語らしく分解してみますと、「仏を念ずる」と読むことができます。さらに「念」という字を調べてみると、訓読みで「おもう」とありますから、つきつめると念仏は、「仏をおもう」という意味になります。「念」という思いは、「糊でくっついて、ぴったりと離れなくなったように、常に心の中で思っていること」という意味です。あれが欲しい、どうしても欲しいと心の中でいつも思っていることを「念願」といったり、精神を集中した時の力を「念力」といいますね……。「念」というのはそういう真剣な思いなのです。
 真剣に心をこめて仏さまのことを思い、忘れないように常に念じていることを憶念(おくねん)といいます。また、心を集中して雑念を払い、仏さまのすばらしいお姿を、自分の目で見るようにありありと心に思い浮かべる念仏もあります。これを観念(かんねん)といいます。
 同じ念仏でもこのような念仏は、お坊さんが厳しい修行の中で自分の心を磨き、お釈迦さまのような悟りをひらくための実践としてむかしから行われてきました。しかし、いろいろな悩みや欲望で心がゆれ動き、精神集中することができない私たちふつうの人間には、とても難しい修行です。
 念仏を声にだして称える人は、一所懸命に仏さまを念ずると、その切実な思いは必ず声になって表われるとして、念と声とは同じであると信じました。だからお経に十念とあるのは十声、つまり十回の称名念仏であると考えたのです。
 私たちは、この世の生を終えて死後の世界へ行かなければならない時、心に恐れと不安をもって迷いがちですが、この阿弥陀さまの誓いを信じて「ナムアミダブツ」と称えれば救われて、極楽浄土に生まれることができる、というのが称名念仏の教えなのです。

文=東京・五百羅漢寺住職 斎藤 晃道(さいとう・こうどう)

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 9. なぜ坐禅をするのですか
 道元禅師は『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』「坐禅箴(ざぜんしん)」巻で、
“おほよそ、西天東地に仏法つたなるるといふは、かならず坐仏のつたなるるなり”
と言われます。
 仏教は5000年前から豊かに開けたインドの文明の中で、2500年前に、お釈迦様によって示された教えです。その教えは、三衣一鉢のほか何も持たず、世間的な名誉は王位さえ捨てたところから始まっています。地位もなく、財産もなく、食事も托鉢を原則とする生活というのは普通に考えると、何ともみじめな生活のように思われますが、人間はその
志と生き方によって、何もなくても最高に人の心を打つ生き方ができるということを、お釈迦様が実現して見せて下さったのでした。
 そのお姿を見た人は、それだけで感動して、生き方まで変わってしまう、そういう生き方を示して下さったと言ったらいいでしょう。
 たしかに、インドは特に豊かな国でしたが、物をほしがらないところにすべてのものが自らのところにあり、貪らないところに自他ともに真の満足があることが実現されたのです。それは、あまりにも高尚な教えであり、絶対に人と争わない教えであったため、インドでは長く続かず、中国やインドネシアやカンボジアへと広がっていきました。
 その時、仏はどのようにして実現されるかというと、坐禅したその姿の継続にあったわけです。
 漢訳の大乗経典から仏教を学ぶことが普通であった日本人は、仏は遠くに仰ぐものであり、自分が仏になるという考え方ができませんでした。しかしインドからの仏教者の往来をまのあたりにしていた中国の人、あるいはカンボジアの人などは、仏は人間が実現するものであることを知っていました。中国の石仏たちや、アンコールワットの仏たちは、それぞれの王様の顔に似せて作られています。そして、その標準となる姿は、手を組み、足を組み、眼は半眼に、鼻はまっすぐに、かすかな笑みをたたえるかに見える、自受用三昧――仏が、仏の自ら持っているあらゆる法を完全に自らのものとしているお姿でした。
『辧道話(べんどうわ)』で言われている“妙法を単伝してかアノク菩提を(実)証”している姿です。
 この姿を正しく学ぶには、正しい伝承のある師について学ばなければなりませんが、その縁にめぐり会えば、この身一つでどんなすがすがしい生き方ができるかわかってきます。
『正法眼蔵』「行持」巻にある大梅法常禅師は、馬祖の教えを聞くと直ちに山に入り、荷葉(はすのは)を着て寒さをしのぎ、木の実を拾って命をつなぎながら、ついに師の馬祖の招きにも応じないで、さらに山奥に入ったと言います。
 芙蓉道楷(ふようどうかい)禅師は国王から紫の袍(ころも)与えると言われても受けず、寺の収入の一年分を360に分けて、門下の修行僧が少なくて一日一食、ご飯にできるときはご飯にしても、人数が多くなればお粥にし、さらに多くなれば米湯(おもゆ)にして、それでも托鉢に出たり、檀家の接待に応じることはなかったと言います。
 中国でも江南のあたりは気候もそれほどきびしくないとはいえ、なぜそこまでして坐禅の生活を守ったのか、それは坐禅が自己の正体を最もよく教えてくれるものであり、山が青くなり、また黄色になり、鳥が啼き花が咲くすべてが、自らの真実の中の風景としてとらえられている喜びが何ものにもかえられないものであったからだと思います。
 今でこそ道元禅師の名を知らない人はないのですが、北越の山中にこもられた道元禅師について、75年後に『元亨釈書』を著した虎関師錬(1278―1346)もよくは知りませんでした。
 坐禅で仏祖に直通する生活は、名誉と利益の全くないところで、何にもまして、自己の生命を充実させる道なのでした。

文=水野 弥穂子(みずの・やおこ)

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 10. なぜお坊さんは葬式をするのですか
 みなさんはお坊さんを見ればお葬式を連想しますか? うぅーん……やっぱりそのイメージが強いね。
 だけど、葬式をするのはお坊さんだけではありません。神社の神主さんも、キリスト教の神父さんや牧師さんだって葬式をします。しかし日本ではいまでも、ほとんどの葬式が仏教の教えに従った形、つまり仏式で行われていますので、神主さんや神父さんが行っている葬式に出会うことはめったにありません。だからお坊さんといえば葬式を連想されるようになったようです。まるでお坊さんは葬式の専門家で、仏教では葬式をすることがいちばん重要で大切な教えであるように思われますが、けっしてそうではありません。
 葬式は、家族を失って悲しみの中にある遺族が、死んだ人が死後のよい世界に生まれて安らかになってほしいと冥福を祈って、最後の別れをするための大切な儀式です。ですから、中心となって儀式をすすめ、仏教の教えを説いて死者や人びとを導くお坊さんにとっても大変に重要な仕事です。しかし葬式はむかしから、お坊さんがどうしても行わなければならない重要な仕事というわけではなかったのです。
 お坊さんはお釈迦さまの弟子として、その教えを学び、自分の心を見つめて修行を積むことが重要な勤めなのです。そしてお坊さんの修行の目的は、この世の真理を求めて、人間が生きてゆくことと、死んでゆかねばならないことについて、しっかりとした心構えをつくりあげるところにあるのです。これを「悟り」というのです。
 ではなぜ日本ではいまでも、ほとんどの葬式が仏式で行われているのでしようか。この秘密を解明するためには、少し歴史をひもといてみなければならないようです。
 その家に葬式や法事があると、むかしから必ずお世話になっている寺を菩提寺とか檀那寺といいます。また寺から見てその家のことを檀家といいます。このようにお寺と一般の家とが仏教の儀式や行事について親密な関係をもっていることを寺檀(じだん)関係といいます。
 徳川幕府は、キリスト教を禁止するために特別な宗教政策を強力におしすすめました。宗門改(しゅうもんあらため)といって、その家の人がキリスト教の信者になっていないかどうかを厳しく取り締ったのです。それが徹底して、どの家がどの寺に属しているかをはっきりと定めてしまったのです。そのため江戸時代には、一般の家では所属の寺院から檀家であることを証明してもらわないと、結婚とか旅行とか移住とか火葬や埋葬など許されなかったのです。これを寺請(てらうけ)制度といっています。いまでいえば区役所や町役場のように、お坊さんが人びとの生活を取り締り、戸籍を取り扱っていたのです。所属のお寺がない人はふつうの社会的な生活をすることが困難だったのです。
 このような密接な関係の中で、檀家は経済的な援助をして寺を護り維持し、寺は檀家さんの日常の教化をすすめて、その家に不幸があった場合は必ず菩提寺の住職が葬式を勤めたのです。
 現在でもお坊さんが葬式をすることが多い理由は、江戸時代のこの制度の影響によるところが大きいといわれています。

文=東京・五百羅漢寺住職 斎藤 晃道(さいとう・こうどう)

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 11. なぜ年回法要をするのですか
 人が死んでしまったら、もうこの所にいないのだから、ご飯を供えたりする必要はないと思いますか。
 好きな人がいて、いまその人が遠くに住んでいて目の前にいないからといって、その人のことを想い出したり、どうか元気でいて欲しいと祈るのは無駄なことでしょうか。
 遠く離れていても、真剣に思っていると、お互いに通じあうものがあります。
 むかし、戦争中のことです。母親の夢枕に遠い外国に行っている息子さんが現われました。その後、しばらくして息子さんの戦死の知らせがとどき、戦争後に、息子さんと一緒にいた友人が息子さんの戦死をした時の状況を話してくれました。それは母親が夢に見たこととまったく同じ内容のものでした。
 母親には戦争の知識は何にもないのです。これはふつうでは説明のつけようがありませんが、事実こんな例がたくさん伝えられています。私たちの目に見えないから何にもないのだというのではなく、「ただ私たちの目に見えないだけ」という世界があると信じざるをえないのです。
 人がなくなるとお葬式をします。そしてその後、初七日忌(しょしちにちき)、二七日忌(にしちにちき)……と七日ごとに、七七日忌(しじゅうくにちき)まで中陰法要(ちゅういんほうよう)をします。
 そのあと、なくなられたご命日からかぞえて百日目の「百カ日忌」、ちょうど一年目の「一周忌」、二年目の「三回忌」、それから七回忌、十三回忌、十七回忌というように、三と七にあたる年のご命日に年忌法要をし、三十七回忌の次は五十回忌を営みます。五十回忌以後は五十年ごとになって、百回忌(遠忌=おんき)、百五十遠忌というように行います。
 なくなられた日からかぞえて七日目ごとに七七日忌(四十九日忌)まで行う中陰法要は、ことに大事にします。
 人はなくなったあと、その人の生前に行った結果、いわゆる"業"によって、次の生へと移ってゆきます。これを「輪廻転生(りんねてんしょう)」といいますが、人がなくなって次の生に生まれるまでの間を「中陰」あるいは「中有(ちゅうう)」といいます。
 この中陰の間でも、七日目、ことに中有の状態で死にかわりして、七・七日、四十九日までの間に、次の生に生まれるところが決定されます。
 そこで、この七日目ごとに仏事を営んでなくなった方を供養し、その功徳によって少しでも善いところに生まれかわって欲しいと願って行うのが「中陰法要」なのです。
 この年回忌ごとに法要を営み、お経をあげ、参列してくださった人びとにご供養の「お斎(とき)」をするのは、読経の功徳と、人びとに供養をして布施行をつんで喜んでもらったその功徳を、なくなられた方に供える(回向=えこう)ためです。
 お経を読むということは、仏さまの教えを仏さまにかわって、人びとにお説法することです。それはなくなられた人にたいするのはもちろんですが、それを聞いている周りの人びとにも仏さまのお教えを伝えることになります。年回法要の時お経をあげることは、その功徳をなくなられた方に回向することになるわけです。それでなくなられた大事な方を偲んで、少しでもよい業をさらに積んでいただこうとする、やさしい思いやりの心が、年回法要を営むのです。

文=池上本門寺学頭 市川 智康(いちかわ・ちこう)

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